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    <title>AJ代表日記</title>
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    <updated>2010-08-31T12:08:20Z</updated>
    
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    <title> 自分の根っこはどこから</title>
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    <published>2010-08-29T12:07:03Z</published>
    <updated>2010-08-31T12:08:20Z</updated>

    <summary>考えてみれば私自身は常に、「異文化」の環境に身を置いてきたような気がします。「わ...</summary>
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        <name>汐生</name>
        
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        <![CDATA[<p>考えてみれば私自身は常に、「異文化」の環境に身を置いてきたような気がします。「わからない」という現実を前に、なんとか言葉を尽くして関係を深めて理解しあいたい、そこでアサーティブネスにこだわってきました。</p>

<p>学生時代から障害を持つ人たちとかかわり続け、障害を持つ友人と共に暮らし障害を持つ子どもを育てた体験。デンマークやイギリスに滞在して異文化の中で生きていたこと。開発援助のボランティアでフィリピンのＮＧＯと10年以上かかわり、その後1年間滞在して暮らしたこと。そして今も、日本人ではない家族と共に生きている現状。</p>

<p>まさに「通じない」「わかりあえない」「不協和音」の現実の中で、言葉を使って一つひとつ理解の積み木を重ねて日常を築いていくような取り組み。常に自分自身を"異文化"の場に置き、苦労しながらもその苦労を楽しんでいるような気がします。</p>

<p>なぜこのようなことを性懲りもなく続けているのだろうかと、我ながら呆れることもありますが、"性分"のようなものでやめることができません。</p>

<p>以前、なぜ自分がこれほどまでにこだわるのか過去の理由を探ってみたことがあります。どうやら「切り捨ててきたもの」を「取り戻したい」という無意識の希望のようなのです。</p>

<p>私は両親が共に働いていた当時の"カギっ子"でしたので、学校が終わっても"カギっ子教室"で友達と遊んでいました。自分を出すのが苦手でシャイだった私と一番気があったのは、軽い知的障害を持つＳちゃんと、脳性まひのＮ君でした。その二人と仲良しだったのに、小学校3年生になったときに突然、ＳちゃんもＮ君も「特別学級」に入れられてしまいました。</p>

<p>その後私は、地域の公立の中学校、高校をエリート生徒として進み、地方の学校ではごく少数の"東京組"になりました。"効率"を是とし、「標準語（東京弁）」をしゃべり、"洗練された"文化をまとい、子ども時代の環境を切り捨てて外の世界へ飛び出しました。同時に私は、国立大学の数少ない女子学生の中で、更に数少ない「下宿組」、しかも「お風呂のないアパート暮らし」という身分でしたので、東京の友人たちの中で常に「東京人のふりをした地方人」である自分を感じながら過ごしていたような気がします。</p>

<p>異文化のものに係りたいという強い願望は、そうした子ども時代からの体験があるのかもしれません。自分のアイデンティティ（何者か）という問いも、異文化理解への強い希求も、これまでの体験の積み重ねの結果なのでしょうね。アサーティブもそうした自分のこだわりの延長上であると思うのです。</p>

<p>なぜアサーティブネスなのか。その根っこの部分を問い直してみると面白い発見があるかもしれません。</p>]]>
        
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    <title>支援職の皆さんへ</title>
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    <published>2010-08-12T10:56:50Z</published>
    <updated>2010-08-12T10:57:27Z</updated>

    <summary>この間、福祉の現場の人材サポートをしていらっしゃる方とお話をすることが何度かあり...</summary>
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        <![CDATA[<p>この間、福祉の現場の人材サポートをしていらっしゃる方とお話をすることが何度かありました。今後福祉の現場では、団塊の世代の高齢化に伴って大量の人材不足になることが明らかです。しかしながら現場を支える「人」を育てることについては、時間的にも費用的にも難しい現状にあるということでした。そうしたお話を聞くたびに、私自身の経験を振り返って、日本の福祉の現場を何とか変えていけないものかと痛切に思います。</p>

<p>大学を卒業してから私の最初の仕事は、イギリスの精神医療の現場でした。駆け出しのワーカーである私を、その福祉法人は本当に時間をかけて「育てて」くれました。最初の2年間で、延べ40日にもわたる研修を受けることができたのです。精神医療の専門知識を学ぶというよりも、むしろ精神医療の現場に深くかかわる「プロの支援者」としての、人間力、応対力、洞察力、コミュニケーション力をつけることを最初の2年間でじっくり行いました。日本の他の福祉支援職の人と比べても、自分がどれほど恵まれていたかと痛感します。</p>

<p>イギリスにおける裾野の広く奥の深い「支援者の人材育成」の文化とスキルを、なんとか日本に持って帰れないだろうかと思ったことが、実は私自身がそもそもアサーティブトレーニングを開発していこうと思った背景にあります。</p>

<p>対人支援を行う全ての人にとって、率直で対等なコミュニケーション能力を身につけることは必須の条件です。現場で利用者やクライエントさんと向き合う時のコミュニケーションだけではありません。ソーシャルワーク(Social Work)という、文字通り「社会に働きかけ社会を変えていく仕事」を、誇りと勇気をもって行うための土台となる力です。</p>

<p>ワーカーの仕事の重要な柱に、支援のあり方をめぐって様々な立場や職種の人と連携・調整をすることがあります。同時に、現場の問題をきちんと把握し、課題を明らかにして、社会に発信していく力も求められています。現場の実態やニーズを把握し、制度や法律を変えていく力にしていくこと。日本ではそれほど重要視されていませんが、これは「ソーシャルワーク」の本来の力ではないかと思います。</p>

<p>残念ながら現場の支援者を対象としたアサーティブネス研修は、抱え込みすぎて燃え尽きないために「ノー」と言ったり、後輩を上手に注意したりする範囲にとどまっています。本来の、社会に働きかけていく発言の力をつけるには、まだまだまだまだ長い道のりです。それでも、現場の人が支援のプロとして力をつけていくことで、福祉の全体の質の向上が可能になっていくのだと思います。</p>

<p>予算も時間もない現場で、それでも熱意と希望をもって仕事をしていらっしゃる多くの支援者の皆さま。まずは何よりもご自分を大切に、自分ができることとできないことを見分けてながら、一つひとつ丁寧に声を上げていく力をつけていってください。福祉の現場は「人」が一番の財産。対人支援の基本は「人。人。人」。</p>

<p>私自身も何ができるか考えていきたいと思います。一緒に頑張っていきましょう。<br />
</p>]]>
        
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    <title>他責型とアサーティブネス</title>
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    <published>2010-07-31T23:39:10Z</published>
    <updated>2010-08-01T08:02:45Z</updated>

    <summary> 最近講座にいらっしゃる方々のお話を聞きながら、時代は変わってきたなあとつくづく...</summary>
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        <name>汐生</name>
        
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        <![CDATA[<p> 最近講座にいらっしゃる方々のお話を聞きながら、時代は変わってきたなあとつくづく感じることがあります。「自責的な人」が減り「他責的な人」が増えてきた、ということです。</p>

<p>以前（おおよそ10年くらい前まで）の日本社会は、どちらかというと自責的な人がアサーティブネスを学びにきていました。相手の気持ちを考えすぎるあまり自己主張ができない、自分の気持ちがわからない、自己表現の権利もない。そういう理由で苦しんでいる人たちがトレーニングに参加されていました。</p>

<p>ところが最近は、自分の気持ちははっきりしているし意見を言えてはいるけれど、伝え方が問題になって人間関係に悩んでいる、という人が増えてきました。アサーティブなコミュニケーションのチェックリストでも、「できる」という項目にたくさん○がつくのですが、現実生活ではうまくいかない、というような。そういう方たちの課題を聞いていると、「自分はこんなに言っているのにわからない相手が悪い」と責めていることがほとんどです。</p>

<p>他責傾向にある人の事例としては、こんなものです。「誰かが何かを言う（する）⇒　自分は嫌な気持ちになる　⇒　だからもう言わないで（しないで）ほしいと言いたい」。</p>

<p>これをアサーティブなスキルを駆使して伝えることは、技術的には可能です。しかしながらこれを伝えたら人間関係は改善するどころか、逆に悪化してしまうことになるでしょう。単にスキルの問題ではないのです。</p>

<p>アサーティブなマインドの一つとして、<strong>「問題」と「人」とを分ける</strong>、ということがあります。<strong>相手という「人」を人間として尊重しつつも、お互いの間に横たわる「問題」に対しては真摯に向き合い解決していこうとする姿勢</strong>です。そして、この問題を作ってきたのは自分にも責任があるかもしれない、という謙虚さや誠実さを同時にあわせもった姿勢です。</p>

<p>他責的であるということは、どうやら「人」と「問題」を一緒にして、問題を起こす相手が悪いのだというところから出発しているようです。そして、そういう他責的な傾向を持つ人は、この10年確実に増えているような気がします。</p>

<p>他責的な土俵から降りるにはどうすればいいのでしょうか。一つには、自分自身も責任を負っていることを認めることではないでしょうか。自分も間違っていたかもしれない、自分の側にも何か問題があったのかもしれないと思ってみること。「他責」的な視点に縛られている人には、こうした物事へのアプローチの転換が、アサーティブに変わるきっかけとなると思います。</p>

<p>自責的な人に対しては、「自分も大丈夫、感じることはO.K.。主張していい、伝えていい」など、自己尊重感（セルフエスティーム）を築くことが大きな柱でした。他責的な人に対しては、相手を一人の人間として尊重し自分の責任に目を向けるという視点がアサーティブな対話への道筋となるのかもしれません。</p>

<p>この課題については引き続き考えていこうと思います。</p>]]>
        
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    <title>犠牲者にならない</title>
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    <published>2010-07-22T07:52:18Z</published>
    <updated>2010-07-23T03:50:48Z</updated>

    <summary>先日、アサーティブネストレーナー養成講座で合宿研修を行いました。第３回目の合宿研...</summary>
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        <name>汐生</name>
        
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        <category term="講座から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2010yousei_vol3_5156.jpg" src="http://www.assertive.org/d/d_1_4/daihyou_images/2010yousei_vol3_5156.jpg" width="180" height="135" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></span>先日、アサーティブネストレーナー養成講座で合宿研修を行いました。第３回目の合宿研修のテーマは、「自分に向き合う、社会に向き合う」。アサーティブネスの大きな柱である「対等性」を軸に、社会の中の「はしご」に位置づけられる自分を認識し、社会の中の課題に向き合うというテーマにじっくり取り組みました。</p>

<p>2日目には、私たちの団体の会員トレーナー3名の方に、ゲストスピーカーとしてトークをお願いしました。それぞれ、「はしご」というメタファーでは上だったり下だったりですが、それぞれアサーティブに生きることを実践されている素晴らしいお話でした。中でも印象的だったのは、誰ひとり「犠牲者」の立場で話をする人がいなかったことでした。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="2001yousei_vol3_5185.jpg" src="http://www.assertive.org/d/d_1_4/daihyou_images/2001yousei_vol3_5185.jpg" width="180" height="135" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>私たちはいとも簡単に「自分は犠牲者だ」と思いこみ、そのように振舞ってしまうことがあります。「あいつが悪い、自分は犠牲者だ」、「社会／会社／上司／家族が悪い、自分は犠牲者である」という視点。誰かや何かを悪者に仕立てて、自分は責任のない"犠牲者"。犠牲者である限り、周りを責め、社会を責め、仕組みを責め、自分を責め。誰かを責めていれば、本当の問題に向き合わなくて済むのです。</p>

<p>アン・ディクソンさんが来日した時のワークショップで、「性差別」を取り上げたことがありました。性差別の中では女性はえてして「犠牲者」の側になり、男性や仕組みを「加害者」に仕立て上げることになりがちです。しかしアンさんは、「自分が性差別に加担した事実を挙げてみる」ことを課題として出しました。性差別を自分自身が助長していたことに気づかない限り、本当に差別に向き合うことはできないということだったのです。</p>

<p>女性が性差別に加担することは、考えてみれば沢山あります。自分の息子に「男なんだから・・・」と声をかけてしまう、心の中で「どうせ女性なんだから責任をとらなくてもいい」と言い訳を考えてしまう、他の女性が差別されていることに気づかないふりをする、など。社会の差別に実は自分も何らかの形で加担している事実に気づくことが、「はしご」を相対化する第一歩なのだというお話でした。</p>

<p>自分の振る舞いが攻撃的であっても受身的であっても、心の中では「相手が悪い、自分は悪くない」という構図を持っていることはしばしばあります。心の中では誰かを「責めて」いるわけですね。<strong>アサーティブネスはその意味では、「自分も他人も責めることをやめる」という心のスタンス</strong>だと言っていいかもしれません。</p>

<p>3人のお話を聞きながら、私は涙が止まりませんでした。悩み、葛藤し、失敗し、勇気を持ってそれでも前を向いて、自分も他人も責めないで生きている。そんな人たちの姿は美しいなあとつくづく感じ、勇気をたくさんいただいた時間となりました。</p>]]>
        
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    <title>「変化」の時期に味方を作る</title>
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    <published>2010-07-15T08:27:28Z</published>
    <updated>2010-07-15T10:51:11Z</updated>

    <summary> 先日、「更年期」というテーマで取材を受けました。 私の周りにも、現在更年期とい...</summary>
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        <name>汐生</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p> 先日、「更年期」というテーマで取材を受けました。</p>

<p>私の周りにも、現在更年期ということで、ホルモンバランスに苦しんでいる方がおられます。テーマ自体は「更年期と上手なコミュニケーション」ということでしたが、お話するうちに、実は背後にいろんなモノや気持ちが見え隠れして、大変奥の深いものだということが分かってきました。</p>

<p>女性の40代から50代の時期は（女性に限りませんが）、身体（ホルモン）の変化があるのと並行して、子どもとの関係、夫との関係、職場の関係が色々と変化する時期です。とりわけ思春期に入った子どもを持つ方は、子どもとの距離の取り方や大人になりつつある子どもとの"子離れ"が課題となってきます。</p>

<p>若い娘に嫉妬の念を感じたり、服装やおつき合いのことで色々と口を出したくなったりするのは、実は自分が"老いて"いくことの不安や、子どもが巣立っていくことの不安などと結びついていることが多いものです。</p>

<p>親の介護の問題もあるかもしれません。「介護」という社会的に孤立しがちな仕事を、更年期のうつうつとした状態で続けるのもなかなかしんどいことです。</p>

<p>管理職となって毎日夜遅く帰ってくる夫は夫で、「そんなこと大したことないだろう！」と妻の気持ちに耳を傾けない。色々と不安な気持ちを訴えてくる妻に、「だから何が言いたいんだ」とそっけない返事。そのため、妻はますますイライラが募ってきて、ついには「もういいわ！」と叫んでしまったり、涙を流してしまったり。</p>

<p>アサーティブネスは、自分の気持に誠実に向き合うことから始まります。イライラの原因を考えてみると、実はいろんな感情が隠されていることに気づくと思います。子離れへの不安、老いの不安、退職後の夫との関係に対する不安、介護の不安、将来の不安などなど。</p>

<p>アサーティブに気持ちを口に出してみることも大切ではありますが、ここはひとつ、「自分のよき理解者を得る」ためにアサーティブネスを使ってみてはいかがでしょうか。つらい気持ちを、「そうか、そうか、大変だよね～」と気持ちを聞いてくれる友人、介護についての相談ができる専門家、食事に誘ってくれて大笑いできるサークルの仲間。そんな「味方」がたくさんいればいるほど、人生の大きな変化も乗り越えやすくなっていくでしょう。</p>

<p>更年期は、人生の「変化」に向き合う時期。イライラや不安と上手につき合いながら、日々を生きていけるといいですね。私も近い将来に向き合うことになるテーマではありますが、事務所の女子先輩が、「ねんきーず」というグループを結成して笑い飛ばしている様子に、たくさんの勇気をいただいています。</p>

<p>人生に「変化」はつきものです。自分を大切にしてくれる多くの味方と一緒に、人生の後半を生きていくことにいたしましょう。</p>]]>
        
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    <title>当事者がアサーティブになること</title>
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    <published>2010-07-04T03:45:13Z</published>
    <updated>2010-07-04T03:45:49Z</updated>

    <summary> 介護の現場で、「介護される側」と「介護する側」がもっと対等にコミュニケーション...</summary>
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        <category term="汐生の思い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p> 介護の現場で、「介護される側」と「介護する側」がもっと対等にコミュニケーションできるといいのに、という声をよく聞きます。</p>

<p>「介護される側」はどうしても、立場的にも気持ち的にも「する側」に比べて「下」になってしまいがちです。「やっていただく」という感謝の気持ちは、えてして「申し訳ない」「迷惑をかけている」という感情に押し流されてしまいそうになります。</p>

<p>私の父が特別養護老人ホームに入っていた時も、私たち家族はどうしても「お世話してもらっている」という弱い立場になってしまいました。不満や要望があっても、対等にものを言うということは本当に難しい。直接相手に伝えたら、「不快な思いを与えてしまい、後の関係がぎくしゃくしてしまうのでは」という不安に縛られて、言葉を飲み込んでしまう。</p>

<p>本来、サービスの受け手と与え手は対等であるべき。にもかかわらず、「与え手」の側が上から目線になったり、受け手の側が必要以上に卑屈になったり、ということは日常茶飯事で、その中で対等にコミュニケーションを目指すことは本当に難しいというのが現状です。</p>

<p>それを考えるたびに、実は私が役員としても関わり、設立の当初から発展を見てきた障害者の自立生活センター（CIL: Center for Independent Living）を思い出します。ＣＩＬはもともと、障害をもつ「当事者」による「当事者」のためのサービスを提供する団体ですが、彼らが長い間取り組んできたのは、介助される側と介助する側の「対等な関係」です。</p>

<p>障害を持つ人たちの介助とは、単なる「介助の関係」だけではなく、介助を通して見えてくる社会の差別や問題に向き合うことです。そして、介助を通して、誰もが生きやすい社会を目指すという、大きなミッションを持っているのです。あなたと私の介助の関係が、実はよりよい社会を作っていく一端を担っているのだと、私自身何度も教えられました。</p>

<p>介護の課題とは、誰もが最期まで「人」として誇りを持って生きられること、それをサポートするという意味を持っているのではないでしょうか。その意味では、20年にわたるＣＩＬの活動から得られた膨大な知恵やスキルは、これからの高齢化社会に適用することができるのではないかと、私は思っています。</p>

<p>障害者の当事者運動には、アサーティブトレーニングがものすごく活用されてきました。同様に高齢者の当事者の方々が、もっとアサーティブになり、サービス提供者と対等になってよりよい社会を目指していくような、そんな取り組みもできたらなと思っています。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>遅まきながらツイッター</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.assertive.org/d/d_1_4/2010/06/post-31.html" />
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    <published>2010-06-27T21:54:58Z</published>
    <updated>2010-06-27T22:06:49Z</updated>

    <summary>遅まきながら、ツイッターを始めることにしました。ブログに書ききれない、日常のちょ...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
    </author>
    
        <category term="汐生の思い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>遅まきながら、ツイッターを始めることにしました。ブログに書ききれない、日常のちょっとした気づきやアサーティブネスに関する思いなどを綴っていきたいと思います。</p>

<p>ツイッターのアドレスは、<a href="http://twitter.com/shiom_m">http://twitter.com/shiom_m</a> です。<br />
アサーティブネスのコミュニティを広げていきたいと思いますので、ぜひこちらもよろしくお願いします。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>出張中の醍醐味</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.assertive.org/d/d_1_4/2010/06/post-30.html" />
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    <published>2010-06-27T21:50:54Z</published>
    <updated>2010-06-27T23:30:45Z</updated>

    <summary>6月半ばから8月まで、立て続けに出張が続いています。先週の奄美大島を皮切りに、長...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
    </author>
    
        <category term="出張から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>6月半ばから8月まで、立て続けに出張が続いています。先週の奄美大島を皮切りに、長野、岐阜、山口、長崎、三重、伊豆、大阪、福岡、鹿児島、北海道と、全国各地を巡業中です。</p>

<p>先週行った奄美大島は、短い時間ではありましたがとても心温まる時間を過ごしました。何よりも、時間の感覚がゆったりしている。人の言葉に"とげ"がなくてあたたかい。いつも走るように歩き、時間に追われてきりきりしている自分自身を振り返って、かなり反省しました。</p>

<p>夏の太陽にきらめく海や山を見、心が洗われるような気持ちになりながら、夕方の飛行機に乗りました。</p>

<p>そんなちょっとした出会いや気づきが、出張の醍醐味です。</p>

<p>もう一つは、移動時間を利用した読書。読みたい本を数冊抱え、どっぷりと本の世界に入ります。とりわけ去年からはまっているのは、オーディオブックを「読む」こと。最近では『The Lexus and the Olive Tree（邦題『レクサスとオリーブの木』）に始まるThomas Friedmanの一連の書籍と、『ミレニアム』シリーズ（Stieg Larsson）を一気に読みました。</p>

<p>紙の本もいいのですが、重たい単行本やビジネス書はもっぱらiPodを愛用しています。しかも著者自身が読んでいる書籍は、著者の思いも伝わってきて大変面白い。くだんの『The Lexus and the Olive Tree』はフリードマン自身が読んでいて、とても説得力があります。物語をイギリス英語で「聞く」のも、アメリカ英語と違ってこれまたよい。これまでは重い本を敬遠して文庫本ばかりでしたが、iPodのおかげで、読む本のジャンルが一気に広がりました。</p>

<p>忙しい毎日ではありますが、日々のちょっとした楽しみを見つけていきたいと思います。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>若手の自己主張能力</title>
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    <published>2010-06-20T21:59:47Z</published>
    <updated>2010-06-20T22:00:29Z</updated>

    <summary> ビジネスの現場で若手のコミュニケーションスキルアップにかかわっていると、彼らの...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
    </author>
    
        <category term="講座から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p> ビジネスの現場で若手のコミュニケーションスキルアップにかかわっていると、彼らの現状のスキルと、求められているスキルのギャップの大きさに同情することがあります。</p>

<p>子どものころから手とり足とり大切に育てられてきたからなのでしょう、若い世代のコミュニケーションの課題の多くは、自分の主張ができないことにあります。どこかで自分の要望は相手が汲み取ってくれると思い込んでいる。「お腹がすいた」と言えば、そばにいる大人が、「リンゴがいいの？みかんがいいの？」と言葉を継いでくれて、「リンゴがいい」と答えるようなやり取り。上司に「仕事が進まないんです」と言えば、「どれくらい終わったの？」「いつ終わるの？」「誰に頼めそう？」「どうしたらいいと思う？」と、質問してもらって、それぞれの質問に一つひとつ答える、みたいな。</p>

<p>相手が自分の言いたいことを引き取って会話を繋いでくれるという、暗黙の期待とでもいうのでしょうか。</p>

<p>おそらく、十年ほど前まではそれでもよかったのかもしれません。上司に黙って従って、まずは仕事を覚える、つべこべ言わずにさっさとやる。そうした中で、時間をかけて若手も会社の中で「一人前」になるという、大人になるまでの時間の余裕がありました。日本には相手の心を汲み取る「以心伝心」の精神を大切にしてきた歴史がありますし、終身雇用制の仕組みとあいまって、長い時間をかけて会社の中で「人材育成」する風土があったわけです。</p>

<p>しかしながら、価値観の多様化、社会や組織の構造の変化に伴い、"ダイバシティー"社会に向かって、会社に入った段階から「一人前」の大人としてきちんと対等に主張できるようになることが求められるようになっています。ゆっくり人材育成する余裕はなくなり、フラットなチーム仕事が増えていく中、中途採用スタッフや専門的な派遣スタッフの中で、若手もチームの一員として早いうちから自己主張する必要が高くなっているのです。</p>

<p>その意味では、のんびりと子ども時代を過ごしたゆとり世代の若者が、ビジネスに入って即一人前のコミュニケーターとなることを期待されるというのは、これからの若手にとってシビアな時代になってきたなあと痛感します。</p>

<p>若手人口が少なくなっていくに従って、若手が早く「一人前」になるプレッシャーは高くなっていくでしょう。若手が自分の意見を考え、そしてしっかりと相手に伝える能力を、周りの大人が丁寧に指導していく必要は、今後ますます高まっていくに違いありません。<br />
</p>]]>
        
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    <title>へこんだ時ほど「アサーティブ」</title>
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    <published>2010-06-11T06:43:38Z</published>
    <updated>2010-06-11T06:47:09Z</updated>

    <summary>先月はいろんな意味で「へこんだ」月でした。へこむような出来事が次々と起こり、珍し...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
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        <category term="汐生の思い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>先月はいろんな意味で「へこんだ」月でした。へこむような出来事が次々と起こり、珍しく「あ～あ、私って・・・」「これでいいのだろうか」「大丈夫だろうか・・・」などと頭を抱え悩む日々が続きました。</p>

<p>やっぱり人生山あり谷あり（笑）。いいことがあれば、悪いこともある。心穏やかで「大丈夫！」と思えるときもあれば、めちゃめちゃ落ち込んで悩んでばかりのときもある。人間関係がうまくいくときも、うまくいかないときも、やっぱりある。アサーティブであれば、全て人生平穏で順風満帆である、わけない、のです（笑）。</p>

<p>「山」にいるときよりも「谷」にいるときのほうが、アサーティブネスの「力」が問われます。アン・ディクソンさんがくり返し伝えてくれた、「内側の力」。落ち込むようなことがあるときにこそ、「内側の力」を自分のために使えるかどうかが試されるのですね。</p>

<p>「内側の力」をアンさんは、「ろうそくの炎」と例えていました。大きくなったり小さくなったりしても、ちゃんと自分の中に燃えている炎。落ち込んだときにこそ、それでも自分にＯＫを出せるかどうかは、内側の力にかかっているのでしょう。</p>

<p>元気が出ないときは無理に元気を出すよりも、波に浮かんでいるようにほっかりと自然に任せるのが私にとってはいいようです。以前の私だったら、一生懸命"自分の問題に取り組んで"、問題解決をするために努力をしていたのですが、今回は「あがいても無駄、ゆっくり波に浮かんでいよう」と思うことにしました。</p>

<p>そして、毎朝の犬の散歩の時間を大切にしたり、ちょっとした笑いを大切にしたり、空を見上げたり、本を読みあさったり。そして毎回の研修や講座での出会いを一つひとつ大切にして、感謝の心を忘れないでおりました。</p>

<p>へこんでいても、大丈夫。へこんだり落ち込んだりするのは当然。でも、自分を責める必要はありません。ということで、しんどかった5月も終わり。6月も引き続き急がしい毎日ではありますが、ピラティスと水泳を始めました。プールで泳ぐのはなんと7年ぶり！全身運動をして心地のよい疲れで、夜もぐっすり眠れます。体が元気になれば心も元気になる。あせらず自分のペースで続けたいと思います。</p>]]>
        
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    <title>志を形にする</title>
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    <published>2010-06-01T06:43:05Z</published>
    <updated>2010-06-05T06:57:04Z</updated>

    <summary>ずいぶんご無沙汰してしまいました。前回のエントリーは4月。目の回るような忙しさの...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
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        <category term="事務局から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>ずいぶんご無沙汰してしまいました。前回のエントリーは4月。目の回るような忙しさの中で、あっという間に6月になってしまいました。</p>

<p>さて5月には、私たちＮＰＯ法人アサーティブジャパンの総会がありました。設立6年目に入る今年の総会には、全国各地から（北は北海道から南は長崎まで）20名数名の会員の方々の参加をいただきました。今後のアサーティブジャパンの事業の方向性についても活発な議論を行い、たくさんのすばらしいご提案をいただきました。</p>

<p>総会の後半には、各地でトレーナー会員として活躍している3名の方に、自分の活動とアサーティブネスについてパネルトークをしていただきました。お話はどれも印象的でしたが、とりわけ子育ての課題を解決するために、地域を変えていこうとしているＭさんのお話は、非常に説得力のあるものでした。</p>

<p>孤立しがちなお母さんたちを支援する取り組みを始め、ママの会、パパの会、子どもたちと遊ぶ会などを次々と立ち上げ、「孤立しない子育て」を支援する仕組みを地域に作ろうとしているＭさんのお話は、とても迫力がありました。孤立は「虐待」につながる。コミュニティの力が弱くなっている近年だからこそ、本当に人と人とをつなげていきながら、子育ての虐待をなくしていくための取り組みが必要だとＭさんは言います。</p>

<p>事業とミッションを両立していくことはなかなか難しいものです。ＮＰＯであるとは、ミッション（運動）と事業（収益）のバランスを取りながら、どちらもプロフェッショナルで行うことです。</p>

<p>アサーティブなマインドをもって、社会のどんな課題を解決していくのか。そして、きちんと「食っていく」ために、どのような事業の戦略を取っていくのか。それは、そのままアサーティブジャパンの今後の大きな課題です。</p>

<p>今年の私たちの課題は、ミッションをきちんと目に見える形にして展開すること。</p>

<p>私を含め会員の一人ひとりが、どんな行動を起こしていくことなのか。夢を持ち、楽しみながら、それぞれの志を形にしていける事業年度にしていこうと改めて強く思った総会の時間でした。</p>

<p>ご参加の皆様、本当にありがとうございました。</p>]]>
        
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    <title>がんばれ、新入社員</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.assertive.org/d/d_1_4/2010/04/post-26.html" />
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    <published>2010-04-17T06:34:28Z</published>
    <updated>2010-04-18T06:38:04Z</updated>

    <summary>4月は新入社員研修の時期です。寒い4月のある日、新入社員さんたちの研修を丸一日担...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
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        <category term="講座から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>4月は新入社員研修の時期です。寒い4月のある日、新入社員さんたちの研修を丸一日担当させていただきました。</p>

<p>グローバルな視点を持って仕事をするためには、アサーティブネスの考え方とスキルが欠かせません。とりわけ、文化も価値観も違う相手とコミュニケーションをとる時には、自分も相手も尊重したアサーティブな心構えや態度が絶対に必要となります。</p>

<p>「違う」ことを土台としたユーロピアンコミュニティ（ＥＣ）やアメリカ社会とは違い、日本では「同じ」という土台からどうしても思考が始まってしまいます。そのため、「言わなくてもわかる」「雰囲気から察する」というアプローチになりがちです。少し前に流行った「ＫＹ」という言葉も、そうした土壌があるからこそ生まれたのかもしれません。</p>

<p>「違う」ことを土台とした社会では、「ＫＹ」などそもそも存在しません。空気など読めないし、読む必要もない。違うのであればはっきりと言葉で主張し、違いを明確にして問題を解決していかなければならないのです。そこに必要なのは、明快で、簡潔で、対等な主張のスタイル。アサーティブネスは、まさにそれなのです。</p>

<p>外国人の講師の方がアサーティブネスの必要性について、こう話しておられました。</p>

<p>直接的（Direct）であることは、攻撃的・無礼（Aggressive, Rude）なこととは違う。直接的でありアサーティブであることは、明確で簡潔で、そして相手を尊重した丁寧な表現のことである。アメリカ社会では、こちらがアサーティブに振舞うことで相手の敬意を勝ち得る。自分に尊厳を持ち自信を持ち、同時に相手を対等に尊重している態度は、ビジネス社会では基本の姿勢である、と。</p>

<p>異文化間では、言語や文化が違うからこそ、シンプルで明快で具体的な伝え方や、自分に誇りを持った堂々とした態度が必要となります。それは同時に、違う相手の言葉に真摯に耳を傾け理解しようとする姿勢でもあります。アサーティブネスをグローバルレベルに広げてみると、本当の意味での多様性に対する寛容さと対等性が見えてきます。</p>

<p>そんな話を新入社員の方とわいわいしながら、そして彼ら・彼女らが今後進んでいく道や夢の話を聞きながら、10年後、20年後、30年後の社会がますますよいものになりますようにと祈るような気持ちになりました。</p>

<p>ちなみに彼らは今朝（東京で雪が降った朝！）、富士山にゴミ拾いをしに行きました。寒い中、熱いハートをもって。がんばれ、新入社員！<br />
</p>]]>
        
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    <title>トレーナー養成講座の応募をありがとうございました</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.assertive.org/d/d_1_4/2010/03/post-25.html" />
    <id>tag:www.assertive.org,2010:/d/d_1_4//6.705</id>

    <published>2010-03-26T06:52:22Z</published>
    <updated>2010-03-26T07:09:49Z</updated>

    <summary>３月１９日をもちまして、アサーティブネストレーナー養成講座の応募を締め切らせてい...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
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        <category term="事務局から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>３月１９日をもちまして、アサーティブネストレーナー養成講座の応募を締め切らせていただきました。</p>

<p>今回、１００名を超える方々からの資料請求をいただきましたが、最終的に７０名のご応募をいただきました。たくさんのご応募を本当にありがとうございました。また、今回は日程的に、経済的に応募を断念された方々もいらっしゃると思います。お忙しい中、ご検討いただいたことを本当に感謝いたします。ありがとうございました。</p>

<p>現在、一人ひとりの方の応募書類を読ませていただいているところです。アサーティブネスの「伝え手」への熱い思いがちりばめられていて、私自身もとても嬉しく、心強く感じています。同時に事務局の中でも、私たちアサーティブジャパンの「伝え手」とはどのような人なのかを、じっくりと検討する時間を取っているところです。</p>

<p>応募結果につきましては、４月半ばまでお待ちくださいませ。</p>

<p>国立の桜がちらほら咲き始めました。あと１週間もすれば満開になるでしょう。毎朝の散歩も、桃や桜の花を愛でながらの、ほんのり暖かい気持ちになります。年度末や年始で忙しい時期ではありますが、季節の移り代わりをしみじみと感じております。</p>]]>
        
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    <title>感動的な再会</title>
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    <published>2010-03-16T07:25:31Z</published>
    <updated>2010-03-16T07:28:08Z</updated>

    <summary>すっかりご無沙汰してしまいました。２月から３月初めにかけて再び出張の&quot;嵐&quot;となり...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
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        <category term="汐生の思い" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>すっかりご無沙汰してしまいました。２月から３月初めにかけて再び出張の"嵐"となり、西に東に飛び歩いておりました。やっと今週から事務所に戻ってきたところ、外の大きなモクレンの木がすっかり満開となっていました。この花を見るたびに、１年がたったんだなあと感慨深く感じます。</p>

<p>週末とても嬉しいことがありました。私は大学を卒業した後の１年間、日本社会事業大学の研究科で社会福祉の勉強をしていたのですが、学年半ばの９月の１ヶ月間は、国立障害者リハビリテーションセンターという場所で実習をしておりました。当時私は、親の反対を押し切って福祉の勉強をしていましたので、日中は勉強、夜はアルバイトの日々で、友人宅に泊まりこんで実習を続けておりました。</p>

<p>その時の実習先の指導教官が、Ｏ先生という先生でした。私は当時かなり理屈っぽい学生で、色々と先生に議論を吹っ掛けたり、福祉の理論で食らいついていたのですが、Ｏ先生は辛抱強く、あたたかく、そして厳しく指導をしてくださいました。現場でフルの業務をこなしながら、うるさい実習生を持つことは大変なことだろうなと、仕事をするようになった今の私は思います。しかしＯ先生はいやな顔一つしないで、私がびっしりと書いた実習記録や質問に、それ以上の内容で答えたり色々と教えて下さいました。</p>

<p>学生時代に尊敬できる大人に出会うとは、本当に幸せなことだと思います。４年間の大学時代は正直あまり心に残らなかったのですが、この研究生時代のＯ先生は、現場でのお仕事ぶりと、それを理論化しながら福祉の実践に結び付けている様子に、心から尊敬の念を感じたのを覚えています。いつかは先生にお礼を申し上げたいと思いながら、２０年もたっていました。</p>

<p>ところが。先日、社会福祉士会での研修を担当させていただいたときに、その恩師のＯ先生のお名前を見つけて、飛び上るほど驚きました。先生はソーシャルワーカー歴４０年で、大学の教授もされておりました。ドキドキしながらも研修後に先生のところに駆け寄ってご挨拶し、お礼を申し上げることができました。とても感動的な再会でした。</p>

<p>数日後、Ｏ先生から、先生が編著された本が送られてきました。長い手紙と一緒でした。<br />
先生も私のことを覚えて下さっていて、再会を心から喜んでくださいました。そしてこの２０年間、「命をかけて」福祉のプログラム作りをされてきたことが簡潔に述べられておりました。何度も何度もお手紙を読み返し、嬉しくなってお返事を書いたところです。</p>

<p>学生時代に出会う友だちや先生は、本当に一生の宝物です。どんなに長い時がたっても忘れられない出会い。今も心の中がぽかぽかしています。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>大都会の中で</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.assertive.org/d/d_1_4/2010/02/post-23.html" />
    <id>tag:www.assertive.org,2010:/d/d_1_4//6.681</id>

    <published>2010-02-15T05:52:20Z</published>
    <updated>2010-02-24T05:53:10Z</updated>

    <summary>先日、午前中の飛行機で出張に出かけることがありました。いつもは朝のラッシュを避け...</summary>
    <author>
        <name>汐生</name>
        
    </author>
    
        <category term="出張から" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.assertive.org/d/d_1_4/">
        <![CDATA[<p>先日、午前中の飛行機で出張に出かけることがありました。いつもは朝のラッシュを避けるために早めに家を出るのですが、その日に限ってラッシュアワーのど真ん中にあたってしまいました。</p>

<p>山手線に乗ってからが本当に大変でした。隙間の見えない空間にもぐりこむところから始め、その後はドアが開くたびに、降りた人以上の人がどんどん乗ってきます。狭い空間にここまで人間の体が入る余地があるのかと考えながら、つぶされないように必死で自分の体とカバンを守っておりました。</p>

<p>電車の中では誰もが目を合わさないように、そしてできるだけ体に触れないようにしながら、外に目を向けるか新聞や雑誌に目を通しています。周りに人がいることを意識からいったん遮断して、身体の神経を無にするしかありません。</p>

<p>そういえば、と、思い出したことがありました。</p>

<p>もう20ん年前のこと。大学を受験するとき、東京を知らない私は勧められるままに都心の池袋に宿を取りました。受験の場所は小平市。山手線から中央線に乗り換え、更に私鉄に乗りついで1時間以上かかる場所です。前日の下見ではスムーズに会場に到着できたのですが、受験当日の日の朝、新宿までの山手線は、初めて上京した18歳の女子高生にとっては想像を超える状況でした。自分の体がつぶれてしまうのではないかと思うほど、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車。目の間に大きな男の人がいると、息をすることもできません。駅に到着してどっと人が降りたあと、今度はもっと多くの人が乗り込んできます。ええーっと思う間もなく、車両の中は更にぎゅうぎゅう・ぎゅうぎゅう・・・。</p>

<p>ある駅に到着したとき、男の人の声が聞こえました。<br />
「降ります、降りまあーす」<br />
声はあっという間にかき消され、男の人は降りることなく乗ってくる人たちの波に飲み込まれてしまいました。あの人は大丈夫だったのだろうか、私は降りることができるのだろうかと、不安を抱えながら電車に乗っていたのを覚えています。</p>

<p>ラッシュアワーの電車に乗るたびに、東京は本当に大都会なんだと、今でも驚きます。</p>

<p>その"大都会"に住んだ年月の方が、上京する前の年月よりもいつの間にか長くなりました。現在は都心から1時間ほど離れた街に暮らしているため、早朝出張がない限り朝の電車を使うことはありません。正直、今もラッシュアワーには慣れません。とはいえ、何年も電車で通勤・通学されている方が、数え切れないほどいらっしゃることを思うと、頭が下がります。電車通勤・通学をされている方々、どうぞくれぐれもお体をお大事にしてくださいね。<br />
</p>]]>
        
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