こんにちは。アサーティブジャパン認定講師の
谷水美香(みかりん)です。
11月に96歳で亡くなられた森繁久彌さんが、作詞・作曲をされた『知床旅情』を、加藤登紀子さんが歌われているのは、皆さんもよくご存知でしょう。訃報を聞いてインタビューに答えておられた加藤さんのお話が印象的でした。
初めて森繁さんに会われた40年程前に「
君の声はツンドラの冷たさを知っている声だね。」と言われたそうです。(ツンドラ=ユーラシア大陸•北アメリカの北極周辺に広がる凍結した荒原)
声から、その人の人となりを想像することができるのは、さすがに、元アナウンサーだった方だと感心しました。
森繁さんは、加藤さんの声に、
人としての厳しさを知っているからこその暖かさを感じられたのではないかと思いました。
私も、今まで出会った人たちを思い浮かべました。
生きていく中で、いろいろな厳しさを経験してきた人の声は、本当に暖かいです。身体の芯まで突き通るような、厳しさや冷たさを経験し、それを、静かに自分の内にある力で、温めているのではという気がします。冷たさを知っているからこそ、その対極にある暖かさをも持ち得るのではないかと思うのです。
感覚的なものなので、文字で上手く表せないのですが、そこには深さや、柔らかささえも感じます。声は、生まれながらのものなので、変わらないと思われるかもしれませんが、堂々としているときは、落ち着いた重みのある声が出ますし、目の前にいる相手を本当に大切な人として向き合った時には、自ずから相手を尊重している声が出ます。
『知床旅情』つながりでもう一つ。
最後の歌詞(3番目の最後の歌詞)についてです。
♪忘れちゃいやだよ 気まぐれ烏さん
♪わたしを泣かすな 白いかもめよ
加藤さんは「白いかもめ"よ"」と歌っていたのですが、森繁さんから「白いかもめ"を"と歌ってください。」と言われたそうです。
「よ」ではなく「を」だったことを、私はこの時、初めて知りました。
細かい説明はされていませんでしたが、考えてみますと確かに、「よ」と「を」では、大きく解釈が変わってきます。
「よ」は、白いかもめに、わたしを泣かさないでと、呼びかけていることになり、一方
「を」の場合は、わたしが、泣いている白いかもめとなります。言葉は、助詞の一つまで意識して使わないと、本意を伝えることができないことを今更ながら痛感しました。
コミュニケーションにおいても、同じようなことが言えます。
言葉の一つ一つを丁寧に選ばないと、自分の伝えたいことは、正しく伝わりません。
このエピソードから私は、今まで以上に「
言葉を大切にし、しっかり相手に向き合って、心からの声で話したい。」そう思いました。