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トレーナーブログ

みなさんにトレーナーをもっと身近に感じてもらうために、日々の雑記をアップしていきます。
ここではあまりかしこまらずに、趣味や、旅先での出来事、日常のちょっとしたエピソードなどを、トレーナー自身も気軽にそして楽しみながら書いていきたいと思います。どうぞお楽しみに!!

「私は怒っているの」

カテゴリー:谷澤久美子

2010.03.26

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img32e2a820zikazj-240x339.jpgこんにちは!アサーティブジャパン認定講師の谷澤久美子(くみ)です。

アメリカ版ヴォーグの編集長アナ・ウインターの、2007年の9月号(1年で最も大切な号)を作り上げる過程を描いたドキュメンタリー「ファッションが教えてくれること」という映画を見てきました。

冒頭、アナが「ファッションに対して不安や恐れがある人は、おしゃれに対して無視したり批判的になったりする」のようなことを語るシーンがあるのですが、私はその瞬間から釘付け。

なぜなら、これはコミュニケーションに通じるところがあるからです。人は自分への信頼感が不安定で、人間関係に恐れや不安を抱いていると、ついつい他者に感情や意見をぶつけてしまったり、または感情や意見を自分の中に押し込めてしまうことがあるからです。

しかも、アナは映画の後半で引退時期の話になると「怒りが爆発しそうになったら、それがやめ時ね」と言います。この映画は、私の視点だとまさに感情との付き合い方を見せてくれているもの。しかも、競争の激しいファッションビジネスの中で、華やかな雑誌の編集という仕事を舞台に、働く女性たちがいかに自分の感情をマネージメントしているかを表現している映画なんです。

 そんな意味でいうと、ヴォーグで20年のキャリアを誇るクリエイティブ・ディレクターのグレイスは、すごい!!! 撮影用に選んできた服をことごとくアナに却下され腹がたち、思い通りに取れた自信満々の写真も、アナによって次々とボツにされていくのです。

しかも、判断基準はアナの感性。普通だったら「私の理解できるように説明してください!」とブチぎれて、机をバン!と叩いて部屋を飛び出しても仕方ない場面です。でも、彼女は映画のクルーに向かって「私は今、怒っているの」と静かに食べかけのサラダのフォークを置きながら言い(食欲もなくなりますよね)、見事なのは次の瞬間、腹を立てながらも次の企画に向かって動くのです。

ついには、たくさんの予算をかけて撮影した特集のページは丸ごと却下。再撮影を命じられます。しかも締め切り一週間前。ページのレイアウトをする女性からは「今から撮影?」とあきれられ、撮影しようにも用意した洋服さえ満足にありません。困るグレイス。しかし窮地に陥ったときにひらめくのは、この仕事にかける想いが強いからなのでしょうか? 映画クルーのカメラマンを登場させる斬新なショットを思いつき、ついに彼女の撮影した写真はすべて9月号に使われることになったのです。
あきらめないグレイスがかっこいい。

そして、自分自身の感性を信じて即座に決断をくだしていくアナもまた、なんて素敵。素敵なんだけど、自分の思っていることをはっきりと口に出していくって、勇気のいること。きっと疲れるだろうなあ。責任の重さに、眠れない夜も、きっとあるんじゃないのかなあ!

そんなことをいろいろ考えた「ファッションが教えてくれたこと」でした。


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それぞれの事情に考え込む映画「正義のゆくえ」

カテゴリー:谷澤久美子

2010.02.26

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こんにちは!アサーティブジャパン認定講師の谷澤久美子(くみ)です。

私の住む静岡市にはミニシアター系の映画館は一軒しかありません。多分、大都市では昨年秋ごろ上映されていたこの映画、やっと静岡にきてくれました。

seiginoyukue.JPG「正義のゆくえ」アメリカの移民の問題を取り扱った映画。不法就労の取り締まり、帰化、グリーンカード、偽装ビザにまつわるビジネスなど、移民問題に多角的な視点を与えてくれます。

 また、移民と一言では表しきれないほど、多種多様な事情をかかえていることに、本当に驚きます。

黒人の少女は里親が連れにきてくれるのを施設で待っています。彼女を度々訪れる移民弁護士の女性。メキシコ出身の女性は不法就労をし、捕まって自主退去のあとも、残してきた子どもを連れ帰るために危険を犯してでも越境を試みます。韓国から一家でやってきた家族は、父親がクリーニング店で働きながら、やっと帰化の日を迎えます。父親ほど市民権の獲得に誇りを持てない息子の姿があります。オーストラリア出身の白人で金髪の美しい女性は女優。観光ビザで入国し、ハリウッドをめざします。グリーンカードを取得したい弱みにつけ込まれて、判定官に二ヶ月の間からだを自由にされる条件をのんでしまうのです。多民族国家のアメリカ、もちろん当局側にも帰化した移民がいます。

 そんな中で、それはひどすぎると思ったのが、イスラム教徒の人々への偏見が感じられる強制捜査

 タズリマはベールで頭を覆う敬虔なイスラム教徒。3歳のときに両親とともにアメリカにやってきました。弟や妹たちはアメリカで生まれているので、市民権があります。彼女は授業で論文を発表しますが、それは9・11の犯人を人間としてみようという趣旨のもの。--確かに方法は間違っていたけれど、彼らにもそれをしなければならない理由があったはず。彼らの行為を認めることはできないけれど、彼らに主張したいことがあったことを知るべきだし、彼らはそういう手段を取らなければ、世界から耳を傾けてもらえなかったのかもー。クラスメートから大ブーイングの中、逃げるようにして帰宅。そしてその夜、移民捜査官と共にFBIがやってきて勾留されてしまうのです。危険因子と見なされてしまったのですね。

国境って何なんだろう。
多様な背景をもつ者同士が共生していくとき、人と人の間にあるものが「疑い」でいいのだろうか。
海外から日本を選んで移住してきた方達と、またこれから来日する方と、お互い文化や考えや価値観をどんなふうに伝え合っていけばいいのか。
日本でも起こっている、移住者の尊厳を損なうような出来事を、ニュースの中のことにしてはいけない!
そんないろいろな考えが頭をめぐります。

 重苦しい中で、希望がみえるのは、かつて帰化した移民が、明日市民権取得式に出席を予定している、まったく違う出身国の移民の窮地を救う場面であり、さらにそれを援護するのは、同胞だというシーン。ルールを国の正義と呼ぶのなら、見逃したり、目をつぶったりするのは、人のあり方としての「正」のように、私には思えました。
ぜひぜひ見てください。


 

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これこそ、それなんだ!

カテゴリー:谷澤久美子

2009.11.12

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こんにちは!アサーティブジャパン認定講師の谷澤久美子(くみ)です。

 みなさん、マイケル・ジャクソンのロンドン公演のリハーサルの様子を収録した映画「this is itthis_is_it_poster.jpgはご覧になりましたか?マイケル・ジャクソンというポップスの天才と、彼の理想を実現しようとするスタッフたちが、ひとつの公演にむけて、力を合わせていく様子が素晴らしいドキュメンタリー映画となっています。

 この映画の中でジャクソン5時代の歌のリハーサルに入ったとき、マイケルは首をかしげながら、歌いにくそうにします。そして一曲目が終わった後で、「こんなふうに直接自分の声を聴かないで歌うこと慣れていなくて、やりにくいんだ。このやり方が悪いと言っているのではない。ただ、私が慣れていないんだ。だんだん慣れていくようにする。私は怒っているんじゃない。これを言うのは愛からなんだ」とスタッフたちに語るシーンがあるんです。

私はこの「怒っているんじゃない。これを言うのは愛からんだ」という言葉を聴きながら、なんだか涙が止まらなくなってしまったのです。マイケルは、スタッフたちに嫌われたくなくて、しかし、この歌いづらさをなんとかしたくて、それでこういう言葉を使ったのかなと思いました。

スタッフは、とても冷静に彼の言葉を受け止めて「よくわかったよ。ミキサーのできることで問題解決をする方法は何かあるかな?たとえば。音を小さくするとか・・・」と提案します。すると彼は「それはいいね。少し小さくしてくれないか」と応えます。このやり取りをきいていて、大きな声でどなり合ったりしなくても問題を解決していくことは可能だし、話し合うことはアイディアや意見を交換していくものなんだと、私は対話の力を、またまた信じたのでした。

 一方で、マイケルの誰からも好かれたい、認められたいという欲求を感じたのは確かで、それはせつないものです。そしてそれは彼自身、子ども時代を子どもとして生きてこれなかったことが大きく関係していると思います。

 彼が2001年にオックスフォード大学で「大人は子どものことをもっと優先して考えよう」というメッセージをこめた講演を行った記録が、2002年に発行された写真集に掲載されています。その中にある子どもの普遍的な権利を書いておきたいと思います。

・愛される権利。自ら求めずとも。
・守られる権利。どんなことがあっても。
・かけがえのない存在だと感じられる権利。何も持たずにこの世に生を受けようとも。
・話を聞いてもらえる権利。大人にはおもしろくない話でも。
・寝る前に読み聞かせをしてもらえる権利。夕方のニュースや、『イースト・エンダー』(イギリスの家族ドラマ)に時間を取られることなく。
・教育を受ける権利。学校で銃弾におびえることなく。
・ かわいがられる対象となる権利 (たとえ平凡な外見だとしても)


002 写真集「マイケル・ジャクソン KING OF POP」より

 「This is it」は単なるリハーサル風景のドキュメンタリーを超えた、すばらしい人間のドラマでした。

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メッセージのある邦画2本!

カテゴリー:谷澤久美子

2009.10.09

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こんにちは!アサーティブジャパン認定講師の谷澤久美子(くみ)です。

「闇の子どもたち」と「青い鳥」をレンタルして見ました。

yaminokodomotachi.jpg「闇の子供たちは」は、日本の新聞社のバンコク支局駐在の記者が、東京本社から依頼されたタイの臓器密売を調査する過程を描いています。
貧しい山岳地帯でお金と引き換えに子どもを差し出す親の姿、児童性愛者相手の売春宿で繰り広げられる目を覆いたくなるシーン、エイズを発症した子どもはゴミ袋に入れられ生ゴミと一緒に捨てられ、売春の組織と警察は繋がっていて、法律なんて意味をなしていません。衝撃的なシーンが続き、時々、演じている子どもたちの心に影響はなかったかと心配になるほど。そんな中で明らかになる、日本の商社マンの息子(8歳)の心臓移植手術のドナーは、生きた子供だという事実。
人身売買、幼児買春、臓器売買だけではなく、生命にまるで値札をつける資本主義の闇、ジャーナリストが目の前の被害者を助けられるかという葛藤、自分の正当性をただただぶつけることしかしらないコミュニケーション(宮崎あおいさん演じるボランティアの女性が、コレ系でした)と、一本の映画に含まれるメッセージがたくさんすぎて、さらに驚くべき秘密が隠されたラストには、もうへとへと。一人で見るには重すぎるかもしれません。

aoitori.jpg「青い鳥」は中学校が舞台。いじめの被害者野口君は、自死を選ぶほどおいつめられ、なんとか命は取り留めたが、転校。事件はマスコミでも取り上げられ、担任は長期休暇。そんな2年1組に村内先生がやってきます。彼は吃音があります。2年1組の子供たちは野口君の事件を忘れようと、机は物置に入れ、何ごともなかったかのように暮らしていましたが、村内先生は机をクラスに戻すように指示し、毎朝「おはよう、野口君」と机にむかって声をかけ、配布するものは机上に丁寧におくのです。
「先生はどもります。上手にしゃべれません。でも本気でしゃべります。だから、皆さんも本気で聞いてください。ひとがしゃべっているのを本気で聞くのは当たり前のことです」と言います。村内先生のこの言葉がこの映画のメッセージ。
いじめを受けていた時、いつも笑っていた野口君。笑いながら「カンベンしてくださいよお」と言っていたから、みんなは彼がそれほどまでに傷ついていたことを想像できなかったのです。村内先生は「いろいろなひとがいるんだ」と言います。「どもらなくては話せない人もいるし、野口君みたいに冗談っぽく笑わないと本気でしゃべれない人もいる。でも、本気の言葉は本気で聞かないとだめなんだ。そのことを忘れてはだめだ。だから野口君のことを忘れてはいけないんだ」と言うのです。
コミュニケーションの根本を明確にしてくれる、いい映画だと思います。

ラブコメで気分転換もいいけど、時には大切なメッセージを含んだ映画も、いいもの。秋の夜長にどうぞ!

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フランス映画『夏時間の庭』

カテゴリー:谷澤久美子

2009.08.14

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こんにちは!アサーティブジャパン認定講師、映画好きの谷澤久美子(くみ)です。

フランス映画『夏時間の庭』を見てきました。

画家だった大叔父のアトリエに1人で暮らしていた母親が突然亡くなります。
3人の子供たちにはパリ郊外の広大な屋敷と庭、貴重な美術品コレクションが遺産として残されました。
母親は子どもたちが処分してもいいように、リストなどを作り準備もしてありました。
長男(フランス在住/経済学者)と長女(ニューヨーク在住/アクセサリーのデザイナー)と次男(北京在住/スポーツシューズ工場の技術監督)は、話し合います。

長男は「家族の絆でもある家を別荘のように使おう。そしてコレクションは孫たちに託そう」と話します。次男は、とても言いにくそうに、「実は北京に家を買うことにした。子どもたちにもお金がかかる。決定したことには従うつもりでいるけれど、できれば処分が希望だ」と話し、長女は「今まで言ってなかったけど、結婚することになった。2人の基盤はNYにある。私はもうフランスを必要としていない。決定には従うけど、処分したい」と話すのです。

個人の権利を大切にされているフランス。私はここから修羅場があるのかな?激しい言葉のやりとりがあったりして、いやあ、どうなるんだろう、この財産・・・と息を飲んで見ていたのです。しかし、そうではありませんでした。

長男は2人の考えを聴き、それを受け入れ、その後自分の部屋に戻り真っ暗の中でベットに腰掛け、ひとり涙を流します。
誰も誰かを責めず、誰も声高に主張するわけではない、他者を思いやりながらも様々な感情がうずまいているそのやりとりが、私には、とてもしみじみとせつなく感じられ、
見終わったあとも心に残るシーンとなりました。

私には考えがある。しかし今は言わない、という選択。それもアサーティブネスです。
思い出の詰まった家への愛着と、経済的に厳しい現実との葛藤の中で、それぞれがそれぞれの責任でもって選択したこと。それを美しいと思いました。

ラストシーンは長男の娘のエピソード。フレンチポップスが好きで警察のお世話にもなったことのあるちょっとチャラめな女の子も、実はこの家と祖母が大好きで、でも、そのことを親には言えなかった、そんな面をもつ女の子。祖母をしのんで流す涙が素敵でした。

natujikann.jpgのサムネール画像



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