
アサーティブジャパン代表の森田汐生が、講座での感想や、日々の生活の中で感じたアサーティブネスにまつわるエピソードをアップしていきます。
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カテゴリー:事務局から
2009.12.04
11月28,29日は、アサーティブジャパンのトレーナー会員を対象とした研修がありました。今回のテーマは「セクシュアリティ」。私自身、イギリスでアサーティブネストレーナー養成講座を受講した後、もっと深く学びたいと思って更に1年をかけて学んだ奥の深いテーマです。北は秋田、南は鹿児島、全国各地から集まったトレーナー会員40名と一緒に、丸二日をかけてじっくりとこのテーマに取り組みました。
性(セクシュアリティ)というと、まずは「行為」(いわゆる「誰が誰と何をどうした」)のことを思い浮かべる人も多いと思います。しかし、ここでいうセクシュアリティとは、行為(Doing)ではなく、むしろ自分がどんなふうに今ここに「ある」のか、自分自身のありようや生き方そのもの(Being)のことを意味します。
自分がこれまでどのように生きてきたのかを語るところから始まり、性にまつわる様々な抑圧や差別の問題を取り上げ、社会の中の性差別に自分自身はどのように加担してきたのかを考えること、そして自分は何を変えたいと思っているのかを議論しました。また最後には、自分の体を愛しいたわり、そしてお互いを祝福する時間をたっぷりとりました。バラエティに富みかつ奥の深い課題を、笑いながら、涙を流しながら、それぞれじっくり取り組んだ時間となりました。
私自身は、長い間取り上げたいと思いつつもなかなか時間的に余裕がなかったこのテーマを、アンさんのファシリテートのもと多くの会員と一緒に取り組むことができたことが、何よりも印象深かったです。本当の意味でありのままの自分を愛すること、自分の過去も現在も、そして未来も肯定して、自分自身も他者をも大切にしながら生きていくこと。そうしたことすべてが、実は「セクシュアリティ」というテーマに含まれていると痛感しました。
会員研修が終わった二日後、アンさんは無事イギリスにもどられました。わが子のように可愛がっている犬が大喜びで迎えてくれたと、一言メールに添えられていました。次回の『アサーティブらいふ』には、アンさんの特別インタビュー記事が載ります。アサーティブネスを教えつつ、現在どのような生活をしているのか、これからどうしていこうと思っているのかの生の声を載せる予定です。ぜひお楽しみに。
また事務局では昨日、「お疲れさん会」のランチを行いました。事務局、および会員のみんなで力を合わせて取り組んだプロジェクトがやっと終了しました。いろんなエピソードに笑い転げ、それぞれの貢献ぶりをたたえ、自分をねぎらって、おいしいものを食べた昨日の午後でありました。
参加してくださった方々、協力してくださった方々、そして参加できずとも遠くから見守ってくださっていた方々、本当にありがとうございました。
カテゴリー:講座から
2009.11.24
アン・ディクソンさんを迎えての一連のイベントが昨日で一息つきました。14日の大阪講演に始まり、昨日の東京での2日ワークショップまで、ほぼ連日にわたる講演会やワークショップを開催してきました。特に21日の幕張での、勝間和代&アン・ディクソンジョイント講演会「社会変革とアサーティブネス」には、500名近くの参加の方をいただきました。
事務局は、20人近くのトレーナー会員スタッフとともに、午前中から嵐のようなスケジュールをこなしていきました。資料の作成、書籍販売の準備、同時通訳機器の調整、会場準備などを、ひたすら走り回っていた気がします。私は、勝間さんの取材にいらしたNHKの取材班の方との打ち合わせ、通訳者と講師、コーディネーターとの打ち合わせなどで、開会1時間前には緊張がピークに(汗)。参加者の方が続々集まってくる中、ワクワクと緊張と興奮と不安感で、久しぶりに軽いパニック状態でありました。
お二人のお話はとても興味深いものでした。それぞれ50分という時間の制約の中、アンさんはアサーティブネスの歴史と奥深さ、そして彼女のコアの思想である「対等性」についてお話いただきました。"タテの力関係"が主であるこの社会の中で、同時に対等な人間としてお互いを見る"個人の内側の力"を持つことの重要性についての、静かで力強いお話でした。
勝間さんはアンさんとは対照的に、非常にパワフルにスピード感をもって、アサーティブネスの持つ「主体性」と「自己決定・自己責任」の部分を、ご自身の社会変革の実践とともにお話いただきました。『断る力』を持って社会の不正に対して力強く「ノー」と言っていこうというメッセージには、とても大きな勇気をいただきました。
とても対照的なお二人でしたが、コアの部分、つまり私たち一人ひとりが、自分を信じ、主体性を持ち、自分の行動に責任を持ちながら、他者と対等にかかわり、しっかりと発言しつつ社会にかかわるという視点については、共通していたのではないかと思います。
会場の方からたくさんのご質問もいただきました。後半のパネルディスカションの時間が短くなりご紹介できたのは4,5件ほどでしたが、会場の方々からお二人へ鋭いご質問を本当にたくさんいただきました。思っていた以上に私たちのメッセージをご理解いただいて反応してくださったことが、とてもとても嬉しかったです。
私たちアサーティブジャパンにとっても、今回は初めての大きな講演会でした。スタッフと会員が一致団結して協力し開催までこぎつけたこと、大勢の方に共鳴していただいたことで、講演会は大成功でした。アサーティブネスのスキル以前に、私たち自身の主体性や対等なまなざしを持つことの重要性を理解して欲しいという私たちのメッセージは、しっかりと発信できたのではないかと思います。
開催するに当たって心配していた、同時通訳機器の紛失・破損ですが(1機につき2.5万円)、無事すべてを回収することができて、事務局一同拍手とハグをして終わることができました。様々な形でサポートしてくださった皆さん、そして参加してくださった皆さん、本当にありがとうございました。
お知らせですが、勝間さんがこの講演会にいらした様子は、12月4日のNHK「生活ほっとモーニング」で放映される予定です。お時間がある方はぜひどうぞ。
アンさんのイベントは、今週末にある会員対象の「セクシュアリティ」研修で閉幕します。このスペシャルな時間を楽しみたいと思います。
カテゴリー:事務局から
2009.11.15
アン・ディクソンさんの大阪での講演会が昨日行われました。
初回の講演会では、ヨーロッパの第一人者であるアンさんの口から直接、アサーティブネスの根本の考えを聞くというものでした。200名を超える参加者の方で会場はいっぱい。2時間半の講演とはいえ、実質は通訳や休憩を含めて1時間余りの時間しかありません。その中で、アンさんは、攻撃性と受身性とアサーティブネスの違い、感情を言葉にすること、そして対等性を支える個人の内側の力について丁寧に説明してくれました。
アサーティブであること(Being)。それは、自分自身と目の前の相手をどのように見て、そしてどのように向き合うかということを土台としています。相手を自分と本当に「対等な人間」として見て、そして向き合おうとすれば、攻撃性も受身性もおのずとなくなっていく。ある意味では、アサーティブに伝える(Doing)よりも、ずっとずっと根本的な、私たちの立ち位置にかかわるものなのだと思います。
今回私がアンさんを日本に呼んだもくろみはいくつかありますが、その中でも一番大きなものは、まさにこの、「Being」のアサーティブネスを確認したいということです。巷に「Doing」があふれ、対等性の視点がすっかり抜け落ちてしまっているアサーティブネスの根本の考え方について、再度彼女の口から語ってもらいたいと強く願っています。
もう一度彼女の講演会が今週末、今度は千葉の幕張で行われます。ここでは勝間和代さんとの対談という面白い試みです。まだの方、席はあと少し残っていますので、どうぞお早めにお申し込みください。
カテゴリー:事務局から
2009.11.12
本日、アン・ディクソンさんが無事大阪入りしました。明日後の14日から、一連の講演会とワークショップが始まります。私たち事務局は、最終のつめでおおわらわ。毎日夜遅くまで準備に追われる毎日です。
アンさんのお元気そうなお声を拝聴してちょっと安心しました。インフルエンザや不況を吹き飛ばすパワフルな講演になることは間違いないでしょう。前回のアンさんの来日で深く考えることになった「対等性」という考え方を、私自身は今回もう少ししっかりと理解することができると思っています。
ウェブ上でも、アンさんの講演会やワークショップの様子をリアルタイムでご報告していく予定です。どうぞ楽しみにしていて下さい。
カテゴリー:汐生の思い
2009.10.16
少し前の話になります。自宅のお風呂がある日突然壊れてしまいました。週末に入る直前だったこともあり、大慌てで大家さんに連絡しましたが、修理の連絡は週明けになりますとのこと。
仕方がないので、近くの銭湯に行くことにしました。
実はこの銭湯、私が学生時代とその後を合わせて5年余り通っていた銭湯です。 もう20年以上も前(!)のことになります。数年前に今のマンションに引っ越 してきたとき、学生時代暮らしたアパートの周りのお店が今も変わらずあることに感激したことを思い出しました。クリーニング屋のおじさんが、ちょっと年をとっても全く変わらず一生懸命働いている様子を見たときは、思わず目の奥が熱くなりました。
銭湯は、あのころと変わらない風景の一つでありました。
私が学生の時は確か、250円から毎年値上がりして、最後は295円だったような気がします(おぼろげながら、ですが)。それが今回行ってみると、450円。これは本当に、プチ贅沢ですね。500円玉を握りしめて行っても、帰り道に自動販売機で飲み物を買うことができない値段です。
もう一つ変わったのは、銭湯のおじさんの座るイス。学生時代は銭湯の脱衣所の方を向いていたのですが、今はちゃんと(笑)、外を向いて座っていらっしゃいました。
がらりと引き戸を開けると、懐かしいにおいと空間がありました。木の床とロッカーと、そして大きな鏡。10円のマッサージチェア。お風呂の中も、あのころと全く変わりませんので、本当に時代を一瞬スリップしたような気がしました。早い時間に行ったので、お風呂場は私一人だけです。そこで、学生時代と同じように体の芯まで温まって、湯けむりの中でのんびり時間を過ごしたのでした。
自宅のお風呂は数日で直りました。小さなバスタブとシャワーの自宅のお風呂は、銭湯の広々とした様子とは全く違っています。手足を伸ばせばすぐに壁にぶつかってしまうような、そんな小さなお風呂です。自宅にいると外に出るのがおっくうになるのですが、時々は銭湯に行ってみようかと今は思っています。
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