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AJ代表日記

アサーティブジャパン代表の森田汐生が、講座での感想や、日々の生活の中で感じたアサーティブネスにまつわるエピソードをアップしていきます。
過去の記事はこちらからどうぞ。

誰かのせいにしている限り、本当の問題は見えてこない

カテゴリー:汐生の思い

2014.03.31

対人関係がうまくいかなくなる時、つい心の中で考えてしまうことがあります。
「私が攻撃的(受身的、作為的)になるのは、あなたがそうさせるからだ」ということです。

・相手がはっきりしない、だから私は責めたくなる
・相手が話に耳を傾けない、だから私は何も言いたくなくなる
・相手が私のことを見下している、だから私も仕返ししたくなる

こんな風に、自分の行動や態度は相手のせいであると、心の中で相手を責めたことはないでしょうか。コミュニケーションで自己責任を持つということは、自分の言ったことには責任を持つ、言わなかったことを誰のせいにもしない、と言い換えることができます。相手が悪い、自分が悪いという単純な結論ではなくて、何が問題なのか、どうしてうまく伝わらないのか、どうしたら建設的な方向に進めるのかを、もう一度振り返って深く考えてみよう、というアプローチのことでもあります。

とはいえ、自分も相手も責めないことを、心の底から納得するのはなかなか難しいこと。コミュニケーションがうまくいかなくなるのは「あなたのせいだ」と思いたくなるというのは、ごく自然だからです。

問題は相手だと思っていれば、本当の問題に目を向けなくてもよくなります。誰か別の人のせいにしていれば、自分がそれ以上深く考えなくてもよくなるのですね。

本当の問題とは、何でしょうか。
単にコミュニケーションの問題なのかもしれません。もしかすると、価値観の違いの問題かもしれませんし、組織の制度や法律の問題かもしれません。更に言えば、社会の中の差別や偏見、しくみのゆがみの問題かもしれないのです。

アサーティブが1960年代から70年代にアメリカで大きく発展したのも、人権擁護や差別をなくしていく運動の中で、「これはおかしい」と声をあげて、社会を変えていく目的があったからでした。「白人が悪い」「男が悪い」「〇〇が悪い」という安易な答えを出す方向にいくのではなく、もっと大きな視点で、私たちに「どっちが悪い」と責めあいをさせる社会の問題そのものと向き合う姿勢が、アサーティブを、個人のコミュニケーションのスキルにとどまらず、社会を変えていく力(フォース)として機能させていったのだと思うのです。

新しい年度になるこの時期に、私自身もう一度心の姿勢を正して、この課題に向き合いたいと思います。


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自分が変わり、周りが変わる

カテゴリー:事務局から

2014.02.12

私たちアサーティブジャパンには、全国に100人を超える会員さんがいます。一人ひとりが自分の現場で、地道にアサーティブを広げていってくれています。
その中の一つで、とても感動した話がありました。

「発達障がいをもつ親の会」の主催者でありメンバーでもある、会員のSさん。アサーティブを学んで5年になるのですが、その「親の会」の中で少しずつ、アサーティブについての話をしてきたそうです。ブックレットを一緒に読んだり、ちょっとしたロールプレイをやってみたりする中で、確実にメンバーの人たちと担任の先生との関係が変わってきたそうです。

初めのうちは、メンバーは自分の悩みを共有することで精一杯でした。「うちの子はこういう子だからと話したいが、忙しい先生に色々頼むのは申し訳なくて話せない」「何度言っても先生はあれをやってくれない、これをやってくれない」と、自分の立場を低めたまま、お互いに悩みや愚痴を話していたのですが、アサーティブを学ぶうちに少しずつ、「担任の先生にアサーティブに言ってみよう」という方向になってきました。

「うちの子が〇〇という支援を受けられれば、より良い学校生活を送れるようになります。なので、是非とも〇〇をお願いしたいんです」。適切な支援を受けられるように、具体的に、率直に必要な支援を要望すること。
まずは、それが第一歩でした。

その中で徐々に、「相手の立場の理解」ができるようになってきます。つまり、「先生はこちらの要望を聞いてくれない悪い人で、自分は犠牲者である」として考えてきたのですが、徐々に「先生も忙しい中でできる限り精一杯がんばってくれている一人の人間なんだ」と、先生のことも理解しながら話ができるようになってきます。その結果、担任の先生ともっと対等に話ができるようになったというのです。
それが第二歩です。

その上で、これまで要望ばかりをしていた自分自身の「責任」について、思いをはせるようになりました。つまり、「自分も、これまできちんと要望を伝えてこなかった」という自分の「言わなかった責任」を認められるようになってくる。その結果、自分ばかりが先生に要望する一方的な関係になるのではなく、自分もできることは精一杯やりますから先生もどうか言って下さいね、と、対等な立場で、一緒に子どもの成長に向き合っていく大人同士として、協力的に話し合いができるようになった、というのです。

社会の差別や偏見、問題の渦中にいると、どうしても「当事者」=ものが言えない被害者 v.s.「相手」=こちらを抑圧する悪者、としての構図に飲み込まれてしまいがちになります。しかし、アサーティブを知ることで、たとえ差別や理解のなさの対象であったとしても、だからといって自分は被害者でも犠牲者でもなく、自己卑下しないで振る舞えるようになる。同時に、相手を「悪者」として見るのではなく、問題を解決していく「協力者」として、対等に話ができるようになってくる。

そんなストーリーをSさんから聞いて、本当に感動し勇気をいただきました。

Sさんだけでなく、自分の現場で少しずつ、アサーティブを広げていってくれる全国の会員さんにも、頭が下がります。自分自身と周りとを、少しずつ少しずつ変えていくこと。自分も相手も尊重しながら、粘り強く対話を続けていくこと。

そんな取り組みを、社会の様々な場所で展開していく力をつけていかなくちゃ。私もあきらめないで地道にやっていこう、という大きな勇気をもらった年明けとなりました。

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「伝え手」の責任を意識していく時代に

カテゴリー:汐生の思い

2013.12.27

「アサーティブ」という言葉は、もともと英語のAssertiveから来ています。アサーティブの概念は、多文化・多民族・多様な社会の中で、価値観の異なる人々がお互いを尊重しながら共存していくために必要不可欠な考え方として存在してきました。

アサーティブが英語圏の文化に由来しているため、日本語文化にはそぐわない部分もたくさんあります。長年アサーティブを日本人の方々にお伝えしてきましたが、私たちが、「自分と異なる"他者"と向き合って、価値観の違いを乗り越えて対話する」という姿勢を本気で持つには、まだまだ時間がかかるように思います。相手と向き合った時に、心のどこかで、「はっきり言うべきではない」「察するべき」という気持ちがあるように思うのです。

「日本文化」の特徴であると考えてもいいのですが、私は日本語という言葉の特性もかなり影響しているように感じます。言葉は私たちのモノの見方を左右する力があり、日本語の特性が、アサーティブになることを難しくさせているんじゃないかと。

日本語文化は「ハイコンテキスト文化」と言われます。背景の知識や体験、価値観の共有が高いため、あいまいな表現が好まれ、言葉の裏の意味やニュアンス、気持ちなどを察することが期待されます。

従って日本語では「伝え手」よりも「聴き手」の能力の高さを期待されます。言わなくても状況を察する力、相手の気持ちをくみ取る力、背景を理解する力などが、対人関係の中でも非常に求められます。

対極にある欧米言語の文化は、「ローコンテキスト文化」です。背景の知識や価値観の共有はあまりなく、あくまで「ことば」による説明やロジックが重視されます。そのため、相手に対してわかりやすく、明確に、はっきりと、具体的にコミュニケーションを取っていく責任があるのは、話し手の側なのです。

その意味においてアサーティブな表現は、ローコンテキスト文化の表現です。多様な価値観の人たちが、「通じない」ことを前提に、面と向かって対話をするときの、伝え手の側のコミュニケーションと言えるでしょう。

私自身、日常生活で英語を使うことが頻繁にありますが、そこでも表現の回りくどさやあいまいさを指摘されます。どんなにアサーティブに言っているつもりでも、英語になると通じない場面がある。これについてはきっと、訓練し続けていく必要があるのでしょうね。

これまで私たちも、ハイコンテキストを前提として、アサーティブに振る舞えばすんでいた部分がありました。しかしこれから、社会が大きく変わっていく中で、頭の中をローコンテキストにしていく必要があるように思います。相手とは基本的に「通じないものだ」という前提のもと、わかりやすく具体的に、粘り強くコミュニケーションを取っていく。

コミュニケーションの「伝える側」としての責任を、もっと意識的に取っていく。

それが必要となる時代は、もう目の前です。私たち一人ひとりが、言語や文化を言い訳としないで、変わっていくしかない。覚悟を決め、腹をすえて、新しい時代の変化に向き合っていきましょう。


今年もアサーティブジャパンを応援していただき、本当に感謝しています。
どうぞ来年もよろしくお願いいたします。


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子育て支援団体でのアサーティブ

カテゴリー:事務局から

2013.12.18

私たちはNPO法人として、ミッションに沿った活動をしています。その中でも清瀬市にある子育て支援団体『NPO法人ウイズアイ』では、ここ数年にわたって「アサーティブ」を様々なグループ活動の中で活用していただいています。

役員の一人でありアサーティブジャパンの会員でもあるMさんに、「アサーティブって、どんな風にお母さんたちに役に立つの?」と聞いたことがありました。

Mさんはこんな風に答えてくれました。

「子育て支援のグループの多くは、情報の交換や交流の場であることが特徴なのだけど、そこに集まってくるお母さんたちがアサーティブを知っていることで、すごくいい関係ができてくるのよ。

今の若い親の世代って、相手に合せすぎる傾向があるし、言いづらいことがあってもメールで済ませて、きちんと向き合って関係を作ることが苦手な人が多いのよね。でもね、アサーティブを知っていると、『あの人が〇〇だから、自分は言えない』などと、自分が言えないことを誰かのせいにするんじゃなくて、『やっぱり顔を見てきちんと伝えなくちゃね』というように、しっかりしてくるの。

パートナーとの関係も、そう。グループで集まると、どうしても夫の愚痴が多くなってしまうのよね。でも、アサーティブトレーニングをして、小さなことでも言葉にしてきちんと伝えよう、というスタンスとスキルを身につけることで、お母さん同士が愚痴を言うだけじゃなくて、建設的な関係を作れるようになってくるの。困っていることを話したら、『じゃ、なんて言ったらいいかしら?』『だったら、"手伝って"って、頼んでみたら?』と、建設的なアドバイスもできるようになるし。

つまり、お母さんたちが、一人の人間として自律するようになってくるわけ。夫が協力してくれないとか、お義母さんが何かをするからと愚痴を言いながら待つという受け身の姿勢から出るようになる。そして、自分から行動を起こす責任を自分は負っているんだと、背筋を伸ばして積極的に、そして対等に、他人と関われるようになってくる。

それがグループに、ちょっとピリッとした緊張感を与えてくれていて、すごくいいのよね」と。

活動に参加するメンバーがアサーティブを知っていることで、お互いの自立した対等な関係作りが進みやすくなるんですね。気持ちを言えずにため込んだり、遠回しに態度で伝えようとすると、せっかくのよい活動でも中の人間関係がぎくしゃくしてしまう。でも、アサーティブの知識とスキルが、団体内の人間関係のベースとして機能するということが、活動をより建設的に進めていく力になる。

そんな話を聞いて、とても勇気づけられました。

ちなみにNPO法人ウイズアイは、昨年度、住友生命/第6回「未来を強くする子育てプロジェクト」未来賞を受賞しています。すばらしい活動にいつも本当に頭が下がっています。

これからも長いおつき合いをしていきたいです。

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最後まで誇りを失わない

カテゴリー:講座から

2013.12.06

講座が続いた秋の時期、心に残るエピソードや事例にたくさん出会いました。講座の中では、自分自身が葛藤している課題に真摯に取り組み、アサーティブに対話を進めていこうとしている姿に触れることがあり、心打たれることがよくあります。

中でも心に残ったのは、「最後まで自分の誇りを失うことなく立ち去る」というAさんの事例でした。ご本人の許可をいただき、ここで少しご紹介させていただこうと思います。

長年勤務していた会社の希望退職を上司から強く進められ、悩んだ結果応募したというAさん。希望退職を進めた部長に、最終的に自分の決断を伝えた時、部長からは「締め切りを過ぎているじゃないか」という思わぬ批判を受けました。その言葉に、Aさんは激しく動揺したと言います。

自分が職場を去るという苦渋の決断を上司に伝える時、明らかに自分の方が立場も力も弱く、自分は下に見られているということがわかる時、そんな時でも、話し合いをあきらめずに最後までアサーティブでいるということは、一体どういうことなのでしょうか。

力関係の圧倒的に違う相手と向き合い、それでも対等であることを忘れることなく振る舞うためには、本当に本当に、自分の「内側の力」が試されます。

ロールプレイで取り組んだのは、そのような状況の中で、最後まで自分の誇りを失うことなく立ち去る、ということでした。

部長の言葉に傷つき、心の中で自分を責めながら言葉を飲み込むこともできます。あるいは部長の言葉にカチンと来て、「じゃあ、いいです!」と反発することもできます。でもAさんはどちらでもない方法を選ぶことにしました。つまり、そのような状況の中でも、自分の気持ちを誠実に伝えて、卑屈になるのでもなく反発するのでもなく、自分の誇りを失うことなくその場を立ち去る、という選択肢でした。

「自分もギリギリまで悩んで、悩んで、苦しい思いをしてこの結論に至りました」。
その気持ちを、相手を責めることなく静かに、事実として言葉にすること。その上で、相手が共感してくれたなら「ありがとうございました」と言って去る、相手の共感を得られなければ「ご理解いただけなくて残念です。以上です」と言って、やはり静かにその場を去る。

希望退職とはいえ、実際は解雇に近い形で上司から決断を迫られ、これまで培ってきた実績も自信も失いかけていたAさん。こんなひどい目にあった、と被害者になることもできるし、こんな惨めな思いをさせられたと、相手を加害者にすることもできたでしょう。

でもAさんは、相手も自分も責めることなく、自分自身の思いを言葉にすることで、自分の誇りを失わず最後まで対等な姿勢を保つことができるのだと、ロールプレイにチャレンジした後に実感したと言います。

アサーティブな姿勢とは、そんな極限の状況の中でも自分を大切にすることを忘れず、心の中の本当の思いを適切に言葉にできること、なのかもしれません。ロールプレイのお手伝いをしながら、Aさんと一緒に思わず泣いてしまった私ですが、彼女の葛藤と前向きな姿勢を目の当たりにしながら、たくさんの勇気をいただくことができました。

どんな時も自分に対する誇りを失わない。
それを私も覚えておきたいと思います。

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