AJ代表日記

アサーティブジャパン代表の森田汐生が、講座での感想や、日々の生活の中で感じたアサーティブネスにまつわるエピソードをアップしていきます。
過去の記事はこちらからどうぞ。

幕張講演が終わりました

カテゴリー:講座から

2009.11.24

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アン・ディクソンさんを迎えての一連のイベントが昨日で一息つきました。14日の大阪講演に始まり、昨日の東京での2日ワークショップまで、ほぼ連日にわたる講演会やワークショップを開催してきました。特に21日の幕張での、勝間和代&アン・ディクソンジョイント講演会「社会変革とアサーティブネス」には、500名近くの参加の方をいただきました。

事務局は、20人近くのトレーナー会員スタッフとともに、午前中から嵐のようなスケジュールをこなしていきました。資料の作成、書籍販売の準備、同時通訳機器の調整、会場準備などを、ひたすら走り回っていた気がします。私は、勝間さんの取材にいらしたNHKの取材班の方との打ち合わせ、通訳者と講師、コーディネーターとの打ち合わせなどで、開会1時間前には緊張がピークに(汗)。参加者の方が続々集まってくる中、ワクワクと緊張と興奮と不安感で、久しぶりに軽いパニック状態でありました。

お二人のお話はとても興味深いものでした。それぞれ50分という時間の制約の中、アンさんはアサーティブネスの歴史と奥深さ、そして彼女のコアの思想である「対等性」についてお話いただきました。"タテの力関係"が主であるこの社会の中で、同時に対等な人間としてお互いを見る"個人の内側の力"を持つことの重要性についての、静かで力強いお話でした。

勝間さんはアンさんとは対照的に、非常にパワフルにスピード感をもって、アサーティブネスの持つ「主体性」と「自己決定・自己責任」の部分を、ご自身の社会変革の実践とともにお話いただきました。『断る力』を持って社会の不正に対して力強く「ノー」と言っていこうというメッセージには、とても大きな勇気をいただきました。

とても対照的なお二人でしたが、コアの部分、つまり私たち一人ひとりが、自分を信じ、主体性を持ち、自分の行動に責任を持ちながら、他者と対等にかかわり、しっかりと発言しつつ社会にかかわるという視点については、共通していたのではないかと思います。

会場の方からたくさんのご質問もいただきました。後半のパネルディスカションの時間が短くなりご紹介できたのは4,5件ほどでしたが、会場の方々からお二人へ鋭いご質問を本当にたくさんいただきました。思っていた以上に私たちのメッセージをご理解いただいて反応してくださったことが、とてもとても嬉しかったです。

私たちアサーティブジャパンにとっても、今回は初めての大きな講演会でした。スタッフと会員が一致団結して協力し開催までこぎつけたこと、大勢の方に共鳴していただいたことで、講演会は大成功でした。アサーティブネスのスキル以前に、私たち自身の主体性や対等なまなざしを持つことの重要性を理解して欲しいという私たちのメッセージは、しっかりと発信できたのではないかと思います。

開催するに当たって心配していた、同時通訳機器の紛失・破損ですが(1機につき2.5万円)、無事すべてを回収することができて、事務局一同拍手とハグをして終わることができました。様々な形でサポートしてくださった皆さん、そして参加してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

お知らせですが、勝間さんがこの講演会にいらした様子は、12月4日のNHK「生活ほっとモーニング」で放映される予定です。お時間がある方はぜひどうぞ。

アンさんのイベントは、今週末にある会員対象の「セクシュアリティ」研修で閉幕します。このスペシャルな時間を楽しみたいと思います。

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大阪講演が終わりました

カテゴリー:事務局から

2009.11.15

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アン・ディクソンさんの大阪での講演会が昨日行われました。

初回の講演会では、ヨーロッパの第一人者であるアンさんの口から直接、アサーティブネスの根本の考えを聞くというものでした。200名を超える参加者の方で会場はいっぱい。2時間半の講演とはいえ、実質は通訳や休憩を含めて1時間余りの時間しかありません。その中で、アンさんは、攻撃性と受身性とアサーティブネスの違い、感情を言葉にすること、そして対等性を支える個人の内側の力について丁寧に説明してくれました。

アサーティブであること(Being)。それは、自分自身と目の前の相手をどのように見て、そしてどのように向き合うかということを土台としています。相手を自分と本当に「対等な人間」として見て、そして向き合おうとすれば、攻撃性も受身性もおのずとなくなっていく。ある意味では、アサーティブに伝える(Doing)よりも、ずっとずっと根本的な、私たちの立ち位置にかかわるものなのだと思います。

今回私がアンさんを日本に呼んだもくろみはいくつかありますが、その中でも一番大きなものは、まさにこの、「Being」のアサーティブネスを確認したいということです。巷に「Doing」があふれ、対等性の視点がすっかり抜け落ちてしまっているアサーティブネスの根本の考え方について、再度彼女の口から語ってもらいたいと強く願っています。

もう一度彼女の講演会が今週末、今度は千葉の幕張で行われます。ここでは勝間和代さんとの対談という面白い試みです。まだの方、席はあと少し残っていますので、どうぞお早めにお申し込みください。

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アン・ディクソンさんが無事来日しました

カテゴリー:事務局から

2009.11.12

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本日、アン・ディクソンさんが無事大阪入りしました。明日後の14日から、一連の講演会とワークショップが始まります。私たち事務局は、最終のつめでおおわらわ。毎日夜遅くまで準備に追われる毎日です。

アンさんのお元気そうなお声を拝聴してちょっと安心しました。インフルエンザや不況を吹き飛ばすパワフルな講演になることは間違いないでしょう。前回のアンさんの来日で深く考えることになった「対等性」という考え方を、私自身は今回もう少ししっかりと理解することができると思っています。

ウェブ上でも、アンさんの講演会やワークショップの様子をリアルタイムでご報告していく予定です。どうぞ楽しみにしていて下さい。

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懐かしの銭湯

カテゴリー:汐生の思い

2009.10.16

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少し前の話になります。自宅のお風呂がある日突然壊れてしまいました。週末に入る直前だったこともあり、大慌てで大家さんに連絡しましたが、修理の連絡は週明けになりますとのこと。

仕方がないので、近くの銭湯に行くことにしました。

実はこの銭湯、私が学生時代とその後を合わせて5年余り通っていた銭湯です。 もう20年以上も前(!)のことになります。数年前に今のマンションに引っ越 してきたとき、学生時代暮らしたアパートの周りのお店が今も変わらずあることに感激したことを思い出しました。クリーニング屋のおじさんが、ちょっと年をとっても全く変わらず一生懸命働いている様子を見たときは、思わず目の奥が熱くなりました。

銭湯は、あのころと変わらない風景の一つでありました。

私が学生の時は確か、250円から毎年値上がりして、最後は295円だったような気がします(おぼろげながら、ですが)。それが今回行ってみると、450円。これは本当に、プチ贅沢ですね。500円玉を握りしめて行っても、帰り道に自動販売機で飲み物を買うことができない値段です。

もう一つ変わったのは、銭湯のおじさんの座るイス。学生時代は銭湯の脱衣所の方を向いていたのですが、今はちゃんと(笑)、外を向いて座っていらっしゃいました。

がらりと引き戸を開けると、懐かしいにおいと空間がありました。木の床とロッカーと、そして大きな鏡。10円のマッサージチェア。お風呂の中も、あのころと全く変わりませんので、本当に時代を一瞬スリップしたような気がしました。早い時間に行ったので、お風呂場は私一人だけです。そこで、学生時代と同じように体の芯まで温まって、湯けむりの中でのんびり時間を過ごしたのでした。

自宅のお風呂は数日で直りました。小さなバスタブとシャワーの自宅のお風呂は、銭湯の広々とした様子とは全く違っています。手足を伸ばせばすぐに壁にぶつかってしまうような、そんな小さなお風呂です。自宅にいると外に出るのがおっくうになるのですが、時々は銭湯に行ってみようかと今は思っています。

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心の姿勢を正すこと

カテゴリー:汐生の思い

2009.10.08

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マルコムグラッドウェルの『Blink』(日本語版『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』)の中に、大変興味深い一文があります。それは、アメリカで医療訴訟を起こされるドクターと起こされないドクターの違いについて説明した一文です。

医療訴訟を2度以上起こされたドクターと、全く起こされたことのないドクターの違いは一体何か。それは、診察の内容やアドバイス、専門分野に関係なく、最終的に患者を尊重しているかどうかの心の姿勢によるのだそうです。つまり、患者を尊重しているドクターは、医療訴訟を起こされる確立がずっと少ないということです。

心の姿勢が一番現れるのは、態度です。弱い立場の患者は、ドクターの態度や声の調子から、心のまなざしを敏感に感じ取ります。「弱い」立場だからこそ、「強い」相手の態度をより敏感に感じるのかもしれません。グラッドウェルは、その心の態度がもっとも顕著になるのが「声のトーン」だといいます。

声の響きで、目の前の相手をどのように見ているかが手に取るようにわかる---。これについて、最近実際に体験することがありました。あることで病院に駆け込まなければならない事態が生じ、出張先と戻ってから、2,3か所のクリニックを訪れました。

それぞれのドクターは、年齢のころ50代くらいの男性ばかりでしたが、「劇的に」と言えるほど違っていました。出張先で診察を受けたドクターには、まるで「物」のように扱われた感覚を覚えました。戻ってから診察を受けたドクターには、対等な「人間」として扱われた感覚を覚えました。

グラッドウェルは、そうしたドクターの心の中の態度は、15秒以内でわかるといいます。確かに、話し始めてものの5分とたたないうちに、私自身も強く感じたことでした。もちろんそれぞれのドクターの経験値や専門分野を疑うことはありません。おそらくとても優秀な方々ばかりなのでしょうが、普段以上に弱っていた私にとっては、ドクターの態度が言葉以上の「ことば」となって耳に届いてきたのでした。

社会の中には、必ず力関係の「上」と「下」が存在します。そうした立場の違う人たちが向き合って話をするとき、「下」の側の人は相手の心を敏感に読み取ります。例えば、子どもは大人の心を、介護を受ける側は介護する側の心のありようを、部下は上司の心を敏感に感じとります。

だからこそ、「対等である」というのは本当に難しい。「上」に立つ人が権威を振りかざすことなく「上の立場から」「同じ人間として対等に」向き合うということをどのように実践できるのか。これについて、私自身も引き続き考えていく必要がありそうです。

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