HOMEアサーティブを深めたい > トレーナーブログ

トレーナーブログ

みなさんにトレーナーをもっと身近に感じてもらうために、日々の雑記をアップしていきます。
ここではあまりかしこまらずに、趣味や、旅先での出来事、日常のちょっとしたエピソードなどを、トレーナー自身も気軽にそして楽しみながら書いていきたいと思います。どうぞお楽しみに!!

社交的でなくてもOK

カテゴリー:牛島のり子

2013/01/16

フレームトップ
こんにちは。アサーティブジャパン専属講師の牛島のり子です。

「日常会話でちょっとした気の利いた会話ができるようになりたいんですけど、アサーティブトレーニングで上達しますか?」
「学校の友だちと会話がはずまなくて気まずい時があるんです。アサーティブを学んだら社交的になれますか?」

時々そんな質問を受けることがあります(特に10代~20代の若い方々から)。
そのたびに、楽しい会話が無理なくできるようなそんな社交性を身につけたいという方が結構いらっしゃるのだなーと思うのですが、かくいう私も昔はそうでした。

会話上手になりたい、この人と話すと楽しいって思われたい、長い間そんな社交的な人に憧れてきました。

私はどちらかというと、休みの日は家で昼寝をしていたいタイプだし、みんなでわいわい騒ぐよりはひとりで本でも読みながらまったりしたいタイプ。
近所の人たちとも世間話・立ち話で盛り上がるということはほとんどなく、どちらかというと世間話は苦手部類。
お世辞にも社交的とはいえません。

こんな私がアサーティブを学んで良かったと思うことの一つは、

「社交的でない自分も素敵。そのままでOK」

と思えるようになったことでしょうか。

昔は「会話上手で明るくて、社交的でなければ人としての魅力や価値がない」とまで思いつめていたことが、今ではそのままの自分をリラックスして受け入れることができます。
その違いはとても大きいなあ、と思うのです。

たとえ社交的でなくても明るいキャラでなくても、伝えたいこと・伝えるべきことを相手を尊重して率直に伝えられること。

そんなアサーティブに出会って本当に良かったと思う今日このごろです。

アイコン
フレームアンダー

新しい私への準備

カテゴリー:中野満知子

2012/11/06

フレームトップ
kouyou.jpg親愛なる人が私に言った。
「そろそろ脱皮したがってるように見える」

すっかり脂肪がのって膨らんだ私の体のことではない!

何も指標のない場所では北極星を目印にして進む方向を確かめるが、
私の北極星は時々雲に隠れて見えなくなる。

まっすぐに進んでいるつもりが、いつの間にか微妙にずれていて、
軌道修正が必要になる。

そんな時期の愛ある助言は、新たな道標となり、私を励ましてくれる。

ついこないだまで青々と茂った葉もその色を変え、
やがてすべての葉を落とす季節がやってきた。

が、その根元には、すでに硬い新芽が見えている。
寒い冬を乗り越えて、近い将来やってくる春への準備に違いない。

アイコン
フレームアンダー

「新型うつ」の裏側に・・・

カテゴリー:堀田美保

2012/10/23

フレームトップ
こんにちは。アサーティブジャパン認定講師の堀田美保(みほ)です。

「新型うつ」ってご存知ですか?
最近、多くの企業にとって悩ましい問題としてとりあげられています。

従来のうつ病は
    ストレスや長時間労働が原因で
    引きこもってしまったりやる気を喪失してしまい
    活動レベルが下がってしまう
    不眠や食欲減退
こんな一連の症状を示す病名です。
そしてそんな風になってしまった自分を責めるといった自責傾向が典型的とされています。
特に「真面目だったり、頑張り屋さん」な人に起きやすいと言われています。

これに対して「新型うつ」とは
    仕事に対する活動性は下がってしまうが、それ以外のことはできる
    (たとえば、休職中に、海外旅行やライブにでかけるなど)
    過食や過眠
そして「そんな風になってしまったのは周囲の責任だ」と考える他罰傾向が特徴と言われています。

つまり仕事はできないけど自分の趣味などなら元気だし、仕事ができなくなってしまったのは職場のせい、上司や同僚のせいと考えてしまうというもの。
これって「わがまま」「甘え」と思われることもしばしば・・・専門家の間でさえ「病気」とするのか「性格的傾向」とするのか、議論の分かれるところです。

この「新型うつ」に関心を持っていろんなケースを見ているうちにわかってきたことは、なんでも周りのせいにする一見傲慢で自己中心的な態度は、実は「自己肯定感」の低さから来ているらしいということ。

症状が始まるきっかけの多くは「職場で叱られた」ということ。
叱った人にすれば仕事上の注意なのだが、本人には非常に理不尽なものと感じられて傷ついてしまい、脅威に思えるらしい。

もしかしたら自分にとんできた「批判」や「注意」を、丸ごと自分に貼りつけてしまっている状態なのかもしれません。
批判されている内容がほんとうに自分にあてはまるのか、あてはまらないのかを考えてみたり、「批判」や「注意」の中身について相手に具体的に尋ねてみたり、「不当だと思う批判」については自分の考えを相手に伝えてみたり。
そういったことができないがために、批判や注意の言葉に即座に傷つき、相手を憎んでしまうのではないでしょうか。

もしそうであれば、アサーティブな「批判への対処」
は、この問題に貢献できるのではないかな、と考えたりしています。

たとえばそれは、批判と自分自身をはっきり分けて考え、相手の言葉を受けとめる力。そして自分の気持ちや考えを適切に伝える力。さらに自分への批判を問題解決や自分の成長につなげていける力。
それらの力が身につくことで、少々のことを言われたとしても、自分や相手を責める方向ではなく、自己信頼感(自己肯定感)が育っていく方向に進めるのではないかと思っています。

アイコン
フレームアンダー

『生き方も考え方も違うから、成長しあえるんだね』 

カテゴリー:谷水美香

2012/09/27

フレームトップ
こんにちは。アサーティブジャパン認定講師の谷水美香(みかりん)です。

最近、「異文化コミュニケーション」についてよく考えます。

「異文化コミュニケーション」とは、一般的に「異なる文化を持つ"国や地域"の人同士のコミュニケーション」のことをいいますが、一人ひとりの人が育ってきた環境そのものが異なるので、私は、人と人のコミュニケーションがまさに「異文化コミュニケーション」だと思っています。

日常のコミュニケーションでは、「相手は自分と同じ」であることを望み、それゆえに齟齬(そご)が生じることがしばしばあります。

自分の意見に、みんなが賛成してくれる。
自分がこうして欲しいと願ったことは、相手がそのとおりにしてくれる。
そのようなことでは、うまくいかないと頭ではわかってはいますが、ついつい望んでしまいます。

今まで生きてきた道のりは人それぞれで、考え方も様々です。
自分と同じではありません。
違うからこそおもしろいと頭ではわかっていても、いざとなるとやはり同じであることを望んでしまっています。

そんな時に、思い出す言葉があります。
postcard.jpg数年前に、ある方から頂いたカードにあったものです。

『生き方も考え方も違うから、成長しあえるんだね』 
(このカードは、額に入れて飾ってあります)

要するに、「違う」ことが前提です。

以前は「違う」ことに、いらだちと少しばかりの焦りを感じていましたが、今は、何が違うのか、どこが違うのかを聴くことで知ることができるので、おもしろいと思うようになりました。

先日、地域で長年一緒に活動をしている仲間の方から、「谷水さん、変わったなぁ〜。初めから自分の意見はハッキリ言う人やったけど、それに加えて人の意見を根気強く聴こうとするようになった。」とほめていただきました。とっても嬉しかったです。

「人を尊重するとは、その人の生きてきた道のりに対して、心から敬意を払うこと」で、そのためには、相手を知ることが大事で、それには話すと同時に聴くことが大事だとアサーティブを学ぶ中で気づきました。

これからも、よく聴き、よく話すことでお互いを知り合っていきたいと思っています。

そうは言っても、うまくいくことばかりではありません。
日常のアサーティブの実践には仲間が必要です。
『アサーティブカフェ』は、日頃のやっちまった談などを、みんなで笑い飛ばしながら、アサーティブを実践する仲間と共にお茶を飲みながらワイワイと、講座とは違ったゆるりとした時間を過ごす場となっています。この空間が心地いいと既にリピーターでのご参加も頂いています。名前の如く、カフェに行くような気楽さでお越しください。お待ちしています。

アイコン
フレームアンダー

トゲがあってこそのバラ

カテゴリー:中野満知子

2012/09/11

フレームトップ
rose.jpgこんにちは。アサーティブジャパン認定講師の中野満知子(まちこちゃん)です。

我が家の玄関横の垣根には、亡き義母が植えたバラが大きく育ち、つるが絡みつくようになった。花が咲いている間は美しくて、目を楽しませてくれるのだが、郵便受けから新聞を取るときなど、油断してると、チクッとトゲが刺さって「あ、痛い」という思いをする。

花屋の店頭に活けてあるバラは見事に美しく、花束にしてもらっても、トゲはきれいにそがれていて、手に刺さることはない。先日も大きな花束をもらう機会があり、真っ白な大輪が何本か良い香りを放つそれは、もちろんトゲのことなどまったく気にすることなく、顔をうずめるように鼻を近づけ、しばしうっとりしたものだ。しおれる前に、花瓶から取り出し、下を向かせそのままドライフラワーにしてある。

こんなとき、決まって思い出すのは『トゲがあって何が悪い』と言う先輩からのメッセージ。13年前に送られてきた絵手紙には、真っ赤なバラの花が、はがきいっぱいに描かれていて、そう書き添えてあった。新聞部の部長だったKさんは当時、ちょっと斜に構えて鼻息も荒い私たち後輩部員には、とても優しく穏やかな人であった。卒業後中学校の先生をされ、子どもたちのために、管理者たちと激しく戦い続けたようである。
 
「生徒をすみからすみまで管理しようとし、『子どもに権利なんかない!』という多数派のケッタイな先生たちの指導を受けながらも、したたかに生きぬいている子どもたちに拍手!と書いてもいらっしゃる。本当に開放されるまで、言葉と行動で徹底的に闘いたいと、子どもたちの味方であろうとし続けて定年を迎えられた。

トゲがあってこそのバラだと思うが、そのトゲは相手に痛い思いをさせるためにあるのではなかろう。守るべきもののために、自分を守るために、必用なものであり、バラがバラらしくあるためのものだと思う。

相手にトゲをさすことなく、それでもトゲとなっている所を相手に理解してもらうためにどうするのか? 自分らしくありつつも、言葉で行動で表現するアサーティブが、私をトゲとともに、まだまだ育ててくれている。

アイコン
フレームアンダー
前のページへ   6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16  

最新の講座情報をみる

AJ主催の講座カレンダー

このページの先頭へ戻る