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トレーナーブログ

みなさんにトレーナーをもっと身近に感じてもらうために、日々の雑記をアップしていきます。
ここではあまりかしこまらずに、趣味や、旅先での出来事、日常のちょっとしたエピソードなどを、トレーナー自身も気軽にそして楽しみながら書いていきたいと思います。どうぞお楽しみに!!

故郷の言葉

カテゴリー:竹崎かずみ

2011/01/25

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こんにちは。アサーティブジャパン専属講師の竹崎かずみ(きゃさりん)です。

先日、あるサイトで、「ツィッターの説明するけい、よう聞きんさい」
という「ツイッターを方言で説明する」動画を見ました。

発想や内容のおもしろさにも感動しましたが、
私にとっては父の故郷の言葉に近く、父や父の兄妹を思い出し、
心ほのぼのとしたひと時
でした。

私の母の祖父母は明治生まれの品川育ち。
まさに「ちゃきちゃきの江戸っ子風」な話し方をする人達でした。
例えば「さようでござんす。」のような。
または、「心臓麻痺」は「ひんぞうまし」と、「し」と「ひ」が混同するなど。

なので、母やその兄妹も同様に歯切れのよい話し方をする人でした。
私は母の兄妹や祖父母の近くに住んでいたので、
歯切れよくやや強い口調で会話をする人達に囲まれて成長しました。
私達親戚同士の会話を耳にした人から「喧嘩をしているの?」と聞かれたこともあるほどです。
そんなこともあり、父が兄妹と話す方言がなんともやわらかく、おだやかに聞こえ、
幼いころから大好きでした。

幼い時に父親を亡くした父方の兄妹は、とても仲良く、いつも助け合っている人達でした。

そして、今思えば言葉の響きも好きでしたが、
兄妹と話している時に見せる「父の笑顔」が好きだったのかもしれません。
戦後の日本経済を支えるため、家族と過ごす時間を削りながらも懸命に働いた父。
笑顔で家族と過ごす時間もなく、うまくコミュニケーションが取れず、
娘の私とも度々衝突し、お互い苦労した日々。

そんな笑顔を見せる事が少なかった父でしたが、
安心して笑顔を見せる唯一の場面が、父が兄弟と話す時だったように思えます。
私がアサーティブネスを伝えたいと思ったのも、父との関係が出発点でした。

父が他界してからは、顔を合わせる事が少なくなくなりましたが、
今でも聞くと安心する父の故郷の言葉。

ご興味のある方は是非「よう聞きんさい」を聞きんさい!

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わからないからこそ、伝え合うことが必要

カテゴリー:谷水美香

2011/01/12

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こんにちは。アサーティブジャパン認定講師の谷水美香(みかりん)です。

プロフィールにも載せていますが、私は、アサーティブネスを伝える仕事と高校で国語を教える仕事をしています。今回は学校での出来事です。

定期考査前日のこと。授業が始まってすぐに男子生徒が私に話しかけてきました。

生徒:先生、今日自習?
:そうやね、テスト範囲も終えているし、その予定やけど。
  明日のテストの教科とか、自習するもの持ってきてる?
生徒:当たり前やんけ!!

その瞬間私は、何?!その言い方!!!と腹が立ちましたが、何も言わず、生徒の顔を見て首を傾げました。すると

生徒:先生、あんな。さっきの授業で○○先生に怒られてん。
    ほんで、今、俺イライラしているから、触らんといて(「今はそっとしておいてほしい」の意)。
:うん。わかった。

この言葉がなかったら、何も知らない私は「何やの、その言い方!!!」
と、きっと叱っていたと思います。生徒も、前の時間から引きずっているイライラが下地にあり、一悶着あったかもしれないですね。

生徒が自分の今の状況を伝えてくれたとき、私の腹が立つという気持ちがおさまっていくのを感じました。

そうか、あの言い方は、さっきそんなことがあったからなんだとわかりました。

また私自身、生徒から言われた言葉(「当たり前やんけ!!」)を受けて、すぐに言葉を発しなかったのも良かったと思います。顔をみて首を傾げることで、お互いに一呼吸つけたようです。

どんなことがあったのか?
どう感じているのか?
どうしてほしいのか?


相手に自分の今の状態を伝えることで、コミュニケーションの齟齬は随分減ります。お互いの状況、状態がわからないからこそ、伝え合うことが必要なんですね。

この後、クールダウンできた生徒は、荒々しい物言いはせず、穏やかに「先生、この漢字何て読むのん?」と質問をしながら勉強していました。

めでたし、めでたし。

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時計草

カテゴリー:中野満知子

2010/12/27

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こんにちは。アサーティブジャパン認定講師の中野満知子(まちこちゃん)です。

子どもたちがまだ保育園に通っているころに、石垣島に引っ越された方がいらした。パッションフルーツでジャムなどを作り、地場産業を興していると聞いて、すごいなあ~と感心したことがある。

それ以来私の頭の中には、時計草=パッションフラワー=パッションフルーツというおいしい構造が出来上がってしまったようだ。

101227_tokeisou.jpgその花の形が面白くて、鉢植えを購入して育てたことがある。もちろん実をつけることを大いに期待してでもあった。狭いベランダでの鉢植え栽培である。真夏は勢いよく咲いても秋に実をつけることはなく、部屋に入れても冬を越すことはなかった。

ある日、いつも通り過ぎていた近所のお宅の、2階まである大きなブロック塀一面に時計草が咲いているのが目に留まった。東京のこの気温でもこんなに育つのだぁ!とびっくりしたのはこの夏のこと、そうして赤い実をつけているのに感動したのは最近のことである。

それはパッションフルーツと呼ぶには小さくて、それでもおいしそうに見えたのは、パッションフラワーとフルーツを混同しての錯覚というものだった。

とうに忘れていたその花が目に止まったのにはわけがある。

「とても苦しかった時に、我が家の庭に咲いているのを見つけて~パッションというのは、キリスト教ではイエスの受難を意味します~復活の花だと知って、特別の花になりました」と、パッションという一言で勇気を得、苦しみを乗り越えたと教えてくれた友人から、写真が届いたからだった。
「復活を祝して、今年もまたきれいに咲いた時計草を送ります」と添えられて。

写真の送り主の笑顔を思い浮かべながら、来年は更なる復活の年にしようかと、残り少なくなった今年を振り返っている。

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「プチ・ニコラ」を見て思い出す子ども時代。

カテゴリー:谷澤久美子

2010/12/13

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みなさん、こんにちは!アサーティブジャパン認定講師の谷澤久美子(くみ)です。

101213_kumi_nicola.jpg1960年代のフランス、パリを舞台にした映画「プチ・ニコラ」を見て、自分の子ども時代を思い出しました。

というのは、主人公の男の子は小学生
幸せに暮らしている家庭に、弟が生まれると勘違いしてしまいます。想像力豊かな彼は、弟が生まれたら両親から大事にされなくなってしまうのでは?と考え、いたずら仲間の友だちに相談して、いろいろな作戦を練るのです。
まずは両親から必要とされる作戦。これはことごとく裏目に出て、逆に怒られるし、次の家出作戦は夜中の街が怖くて失敗します。三番目に、まだ生まれてもいない架空の弟をギャングにさらってもらう作戦をたて、その途中で改心をする、そういう物語なんです。

そういえば、私が子どもの時代の男の子たちは半ズボンをはいていました。また、私も家出の計画の経験がありますが、夜中にそ〜っと抜け出そうと気配を伺ってうちに眠ってしまった、じゃんじゃん、なんてことも。屋上の物干竿の下にござを広げ、「りぼん」や「マーガレット」という漫画の本を読むのが好きで、近所の友だちとはおままごとをしていました。

母親によく言われていた言葉は、「おまえは、本当におっちょこちょいなんだから」。
アサーティブトレーニング応用講座を受講された方ならお分かりでしょうが、まったく不当な批判の言葉です。

その反面、妹が生まれた後で、時々、母はイスに座り、ヒザの上に私を母の方を向けて座らせ、「バスブーブーごっこ」をしてくれたんです(このこと、映画館が明るくなる少し前に思い出しました!)。母はヒザを揺らしながら「次は、○○です」とバス亭の名前を言います。私が母の鼻の頭を押すと、母が「ピンポーン。停車しま〜す」と言うのです。ただ、それだけの遊び。でも、私は時々それをしてほしくて、母を独り占めしたい時があったんでよねえ。中学生になって制服着ていても、妹のいぬ間にやってもらってました。

「バスブーブーごっこ」を思い出させてくれた「プチ・ニコラ」。あなたの中にも、ささやかで、ほのかだけど、大切なものが、きっとたくさん眠っているかもしれませんね。

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声の力でタイムスリップ

カテゴリー:矢田早苗

2010/11/29

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こんにちは。アサーティブジャパン専属講師の矢田早苗(さなぴ)です。

先日、中学時代の担任の先生から学年全体の同窓会の連絡をもらいました。
なんと20年ぶりの開催です。
有志が立ち上がり企画してくれたとのこと。
きっとみんな忙しいだろうに...。
ありがたいことです。

これをきっかけに同級生の何人かと電話で話しました。
もちろんこちらも20年ぶりの電話。
最初は少し緊張しましたが、声を聞いているうちに一気にタイムスリップ。
ブランクは感じませんでした。

Aさんとは、ふたりでしょーもないネタで笑い合っていた間柄。彼女の笑い声や話しのテンポを聞いているうちに、「そうそう、Aさんとはこうやってラジオネタで盛り上がったよな」と一瞬にして思い出しました。

3年生のときに一緒のクラスだったBくんは、突然の電話にも関わらず不審がらずにあたたかく受け答えしてくれました。彼の話しかたの特徴である優しい雰囲気は健在! 話しているうちに、「そうそう、Bくんはこうやって優しい感じで話す人だったよな」とこちらも記憶が一瞬でよみがえりました。

声の持つ威力ってすごいな
と思いました。

20年分をはしょっての数分間の会話だったので、せいぜい話せたのはどこに住んでいるかの近況報告くらい(笑)。
それでも声から生きてきた歴史みたいなもの感じました。

なんと当日は80人くらい集まるとのこと。今からとても楽しみです。

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