こんにちは。アサーティブジャパン専属講師の
矢田早苗(さなぴ)です。
今年の春は病院通いの毎日を送っています。
というのも母親が病気で入院したからです。
現在だいぶ持ち直しましたが、一時は状態が非常に悪く、家族全員が母の死を覚悟しました。
入院前は一人暮らしの母の自宅に泊まり込み、交替で介護。
入院してからも治療の付き添いで、交替で泊まり込みをしていました。
家族を失うかもしれないという恐怖で、何度行き帰りの電車で泣いたことか...。
ちょうど花粉症の季節だったので、うまくカモフラージュできましたが、相当あやしい人物に見えたに違いありません。
そんな
つらい精神状態の中で、アサーティブネスには何度も救われました。
まずは、
自分の気持ちに正直でいながら母に向き合えた、ということです。
悲しい、さみしい、こわい、こんな気持ちが休まることなく交互に襲ってきます。
それをなかったことにしないで「ああ、いま私はさみしいんだ」とか、「私はこの状況がこわいんだ」と気持ちを認めるだけで、心の混乱が少しおさまるように感じました。
もちろんそれで悲しさが消えるわけではありませんし、具体的な解決策が思い浮かぶわけでもありません。しかし、自分が自分の気持ちを知っている状態というのは、ともすると自分をなくしてまで母に尽くそうとしてしまう私にとっては大事なことでした。
他者に対して役立ったのは、医師、病院スタッフ、家族などです。
医師に対しては、母がかなり精神的にまいっていたので、キツイ宣告をしないよう、事前にお願いする必要がありました。その際には
「対等」に向き合うことができたと思います。
びくびくするのでも、相手におもねるのでもなく、堂々と簡潔に要求を伝えることができました。今回は医師に恵まれたということもあると思いますが、こちらの要求通り、母に対して配慮しながら、なおかつ一人の人間として尊重しながら診察していただけました。
病院スタッフに対しては、こんなことがありました。
母に飲み薬の説明をする際に「けいれんをおさえる」という効用を4~5回繰り返す方がいて、その言葉を聞くたびに母が青ざめていきます。
いままでけいれんを起こしたことのない母にとってはショックな言葉だったようです。
スタッフに悪気がないのはわかりました。だからこそ、
早めにお願いすることにしました。
退室したスタッフに声かけし「これからは"けいれん"という言葉は本人には使わず、"症状を和らげる"などの言葉で説明してもらえますか」と相手を尊重しながら伝えることができました。それからは母の様子を見ながら言葉を選んで説明し、必要な場合は別途家族に説明してくれるようになりました。
家族との関わりでは、
"連携をとる"ことに役立ちました。
私は兄、弟ふたりの4人兄弟。毎日メールや電話でやり取りし、母の状態の共有、役割分担など、頻繁に連絡を取り合いました。
状況は非常に厳しく、各人がそれぞれ家庭と仕事がある中での介護です。ちょっとした言葉の行き違いが人間関係のギスギスを生みだします。ですからいつもよりも5割増しくらいで気持ちを伝えるようにしました。
「ありがとう」「大変だと思うけど...」「大好きだよ」。おかげで以前よりも絆が深まり「彼らと兄弟に生まれてきて良かった」と心から思えました。
母は明日退院し、介護施設に入居します。
まだまだ大変なことはたくさんあるかもしれません。
しかし、母の残り人生が豊かなものになるよう、
自分のことも大切にしながら支えていこうと思います。