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トレーナーブログ

みなさんにトレーナーをもっと身近に感じてもらうために、日々の雑記をアップしていきます。
ここではあまりかしこまらずに、趣味や、旅先での出来事、日常のちょっとしたエピソードなどを、トレーナー自身も気軽にそして楽しみながら書いていきたいと思います。どうぞお楽しみに!!

役割を離れたひとりの人間として

カテゴリー:竹崎かずみ

2018.04.03

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アサーティブジャパン専属講師の竹崎かずみです。

先日、定年を迎えた男性の友人と話していた時の出来事です。

他愛のない話の中で、その友人が静かにほろりと涙ぐんだことがありました。
以下はその時の友人の言葉です。
(友人には掲載の許可をいただきました)

『今までは、男であること、親であること、また職場での役割を優先し「自分がどうしたいのか」ではなく、「男として/親として/上司として、こうすべき。こう言うべき」と考えてずっと行動してきた気がする。

しかし仕事を退職し第2の人生を意識した今、役割から離れた一人の人間として
「自分はどうしたいのか?」
と自分に向き合わざるをえなくなった。

最初は役割からはずれた自分にとまどいが大きかったけど、最近は、この年で自分に正直になることで、涙ぐむような自分も許せるようになったんだよね』

それまでの彼への印象は
「いつも元気で声も大きく明るく笑っている人」
「常に前向きで、弱みはみせない人」
でした。

なので、力なく涙ぐむ姿を見たときにとても驚きましたが、同時に「涙や弱さを見せてはいけない」という「ステレオタイプの男性」へのイメージに縛られずに話している友人を見て、なんだかとても感動しました。

私たちの周りにはいろいろな役割があります。

例えば、「性別・年齢・夫・妻・親・子ども・○○の仕事をする人・管理職・新人」など、あげればきりがありません。

もちろん、役割上何を優先するのか、立場上どうふるまうかは社会の中を生きていくうえでは大切なことです。

しかしその役割を少し脇に置いて、
「自分はひとりの人間として、どうしたいのか」
と考えることは、とても勇気がいることだと思います。

私も友人を見習って、勇気を持って自分自身に正直に向き合っていきたいなぁと、あらためて思ったひと時でした。

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相手の怒りに巻き込まれない

カテゴリー:竹崎かずみ

2017.08.29

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こんにちは、アサーティブジャパンの専属講師の竹崎かずみです。

先日、アサーティブの効果を実感する出来事がありました。

友人と電車のつり革につかまりながら、おしゃべりに花を咲かせていた時、少し離れたところに座っていた方が突然立ち上がり、私の肩をたたきました。

「あら、席を代わってくれるのかしたら?」と期待した私の予想に反し、その方は「おい!うるさいんだよ。静かにしろよ!!!」と怒鳴ったのです。

大声で話していた自覚がない私にとっては驚きの一言でした。

しかし「すみません。気をつけますね」と落ち着いた対処ができ、その後も車両を移動することなく、声のトーンを半分くらいにして会話続けることにしました。そして最終的には、その方の隣の席が空いたので座って帰宅しました。

『大声で叱ることがしつけであり、それが愛情表現でもある』という時代の両親に育てられ、こどもの頃からよく怒鳴られていた私にとって『怒鳴られた時は怯えて謝罪するか逃げる』という行動が自分を守るすべでした。

もし、アサーティブを学び続けていなければ、その癖がぬけず、こどもの頃と同じように、その時も低姿勢で怯えながら謝罪するか、または無視して隣の車両に移動したかもしれません。

コミュニケーションの癖はすぐには改善できませんが、アサーティブを学び始めてから『自分の癖を知り、意識し、実践していくことで変えることはできる』という体験を幾度も積み重ねています。もちろん失敗し、落ち込むときもありますがそれもまた当然のこと。

今後も無理せずに成功体験を積みかさねていきたいです。

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一歩踏み出す勇気

カテゴリー:竹崎かずみ

2017.02.02

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アサーティブジャパン専属講師の竹崎かずみです。

私はストレートネック(※)のため、医師から「枕は使用せず、バスタオルを4枚重ねること」と指示を受けています。そのため出張の度、宿泊先でバスタオルの貸し出し依頼をしなくてはなりません。

快く貸してくれることが多いのですが、ホテルによっては「1枚につきレンタル料を支払う」などルールは様々で、毎回依頼するのがかなり負担になっています。しかし、今までに何度も「朝、寝違えて全く首が動かない!」という悲惨な状況を体験しているので、必ず依頼することにしています。

あるホテルでもいつものように依頼したところ、初めて「ルールなのでお貸しできません」という対応を受けました。1泊ならまだしも、その時は4泊の出張だったので、とても不安な気持ちのまま部屋に入り「ホテルを変更した方が良いかも?」と悩んでいました。

すると、フロントで対応してくれた方が、部屋までバスタオルを4枚持ってきてくれたのです。そして申し訳なさそうに「私もストレートネックなので辛さがよくわかります。先ほどは隣に支配人がいたのでお貸しできませんでした。お客様にはルールだからとお断りするのは心苦しかったので、どうぞ内緒でお使いください。今後はこのルールを変更できたらいいのですが」と言ってくれました。

立場上、その方のように「ルールですから」と言わざるを得ないときもあり、職場の方針を変えたいと思っていても、一人の力ではすぐに改善できないことも沢山あるでしょう。自分の意見を主張するには、伝える内容の整理、言い方、タイミングなどのスキル、そして勇気が必要です。

根本的なルールを変更するには時間がかかるかもしれませんが、勇気を出して私の部屋に来てくださったのだと思い、とてもあたたかい気持ちになりました。そして、私も小さな一歩を踏み出せる勇気のある人間でいたいと感じた出来事でした。

(※「本来あるべき首の骨(頸椎)の弯曲がなくなっている」状態を指す用語です。)


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料理が教えてくれた自己信頼の回復法

カテゴリー:竹崎かずみ

2016.01.21

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koredeiinoda_seo_gohan.jpgこんにちは。アサーティブジャパン専属講師の竹崎かずみです。

最近とてもステキな一冊の本に出会いました。
これでいいのだ!瀬尾ごはん」(瀬尾幸子著 ちくま書店)という料理本です。

目次にはこんなタイトルが。(以下一部抜粋)
  「家のご飯はこれでいいのだ」
  「手に負える料理は必ずある」
  「自分のおいしいは誰にも否定できない」
  「自分で考える力をつける」
  「頑張って作る料理は、体と心をくたびれさせる」

「料理をする。
少し前まであたりまえにしていたことが、今は、やるぞ!と決意しなきゃできないことになっているようです。
料理をするなら、ちゃんとしなくちゃ、って思うから。
料理をすることがいつのまにか、頑張らなければならないことになっているのは大間違い!
日々のご飯は、手のかからない「なんてことない」料理でいい」
         (「これでいいのだ!瀬尾ごはん」より)

そんな出だしから、「レストランのような料理でなくていい、人と比べなくていいし、自分の心や身体が喜びそうな食事でOK!」という内容です。

その文章を読んだ時「まるで私のことみたい」と、ふっと肩の力が抜けました。

何を隠そう、私は料理に苦手意識があります。
自分がお肉を食べられないのでレパートリーが少ないというのも大きな理由ですが、それでも菜食の自分やお肉大好きな家族が満足できるよう、何冊も料理本を読んではチャレンジしてはいるものの、努力や工夫を重ねるたびに結果(味)は悲惨になる・・・という失敗をくり返して、私はすっかり自信を失っていました。

でもこの本を読んだ時に、落ち込み気味だった自己信頼感が回復していくのを感じました。
料理の本なのに、アサーティブとの共通点を感じたのです。

「自分の手に負える料理から、チャンレンジする」
   →「コミュニケーションも、ちょっとした小さなできるところからチャレンジする」
「おいしいに正解はない」
   →「コミュニケーションの取り方に『こうであらねば!』という正解はない」

料理もコミュニケーションも「もっと頑張らなくちゃ」「こうあるべき」ではなく、
自分の心や体からのメッセージに耳を傾け「私はどうしたいのか」を大切にして、自分で考える力をつけていくことが大切ですね。

その日は、いつもより何倍も楽しく料理ができた夜でした。

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それは本当にわがままな行動なの?

カテゴリー:竹崎かずみ

2015.07.14

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こんにちは。アサーティブジャパン専属講師の竹崎かずみです。

先日、応用講座(アサーティブジャパン主催)のスタッフとして参加した時のことです。
「批判に対処する」というテーマで、トレーナーからの「今まで言われた批判の言葉で覚えている言葉は?」に対して、一番先に頭に思い浮かんだ言葉は

「お肉が食べられないなんて、わがままだ!」

という批判の言葉でした。
今でも時々耳にしますが、小さいときから私が何度も言われてきた言葉です。

物心ついた時には肉類を食べようとすると吐き気がして、どうしても食べられなかったので、私のお肉嫌いは生まれつきなのかもしれません。

何と言っても一番苦労したのは「学校給食」でした。
私の小学校では「給食は残さず食べきるまでは帰れない」ルールがありました。
同じような経験をお持ちの方もたくさんいるのではないでしょうか?

今でも目に浮かぶ光景は、掃除が始まっている埃だらけの教室の片隅で、食べられないお肉を目の前にして汗だくになり格闘している自分の姿です。

高学年になってからは多少の知恵もつき、お肉の日は給食の時間が近づくと保健室に逃亡。またはパンにはさみ、そっとすばやく給食袋に入れて、帰り道に近所のかわいい秋田犬に差し入れ、などの技を駆使して生き延びていました。

今でこそ「ベジタリアン」という言葉が周知され、お肉を食べないこともひとつの選択肢として肯定的に認められるようになりましたが、40年以上前の小学生の私にはその情報もありませんでした。

なので、私の中では「お肉を食べられない=わがまま(ダメな人間)」という思考回路が出来上がっていました。

お肉が出る頻度も高い時代ですから、自分にダメだしする回数も多かったと思います。
「そんなことをしている自分はダメ!」「叱られる自分は情けない!」
「自分はわがままな人間なんだ~」と。

今は自分の身体に向き合い選択して生きていけるので、食べ物で苦労することは物理的には少なくなりましたが、今でも時々顔を出す癖があります。
それは、必要以上に自分で自分を否定する癖です。

その癖から抜け出すことは簡単ではありませんが、アサーティブトレーナーとして日々講座を担当させていただきながら、同時に皆さんと共にたくさんのことを学ぶ日々です。

「お肉は食べられない」けれど、だからといってそれは決して「わがまま」ではないということ。

何度も確認することは「相手からの批判の言葉を、自分自身がすべて取り込まなくて良い」ということ。この情報がなければ、今でも批判の言葉を取り込み、肉が食べられない自分はわがままなのだと思い込んでいたかもしれません。

批判をきっかけに自分を全否定することをやめるということは、自分自身に勇気と自己信頼を育んでいくことでもあります。
アサーティブトレーニングを伝えていくなかで、日々そのことを再確認している私です。

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