#15
つたわるノート

「NO」は、相手への思いやりを書き手:森田汐生(アサーティブジャパン 代表)

「NO」は、相手への思いやりを

「ノー」を相手に伝えようとする時、反論されることを恐れるあまり、私たちは「ノー」の結論だけを伝えて、相手の説得にかかろうとします。「私の気持ちはノーです!」とはっきりきっぱり伝えて会話を終わりにし、その場を立ち去ろうとするのです。

それは、本当にアサーティブなのでしょうか。

はっきり「ノー」を伝えることは、アサーティブな振る舞いの基本ではありますが、一歩間違えば、自己満足の、とても自己中心的で一方的な「ノー」になる危険性があります。

自己満足の「ノー」にならないために、気をつけなければならない大切なことは二つ。

一つは、「ノー」は相手という"人"に対して言うのではなく、お互いのためを思ってこそ伝えること。

もう一つは、「ノー」を伝えるプロセスで、相手への敬意を絶対に忘れない、ということです。

ひとつ例をご紹介しましょう。

高齢者の施設でケアマネージャーとして仕事をしてきたA君。大学を卒業後7年の間、その施設で仕事をし、今は職場のリーダー的な役割を持っています。施設長からも信頼され、スタッフ指導からシフトの調整まで、たくさんの業務をこなしていました。

最近A君は夜間の専門学校で、教員の資格を取るために学び始め、人を育成する仕事にとても興味を持つようになりました。可能であれば福祉の人材の育成をしていきたい。ゆくゆくは、福祉現場に良い人材を送り込めるようになりたい。それがA君の夢になりました。

A君は、施設長に自分はキャリアチェンジをしたいので仕事を辞めたいと告げました。
「自分は新しい仕事をしたいんです。自分の後任も育てますし、自分は研修の講師となって、今の施設のサポートもしますので。だから辞めることにします」

A君の意思が固いことを、施設長は理解するでしょう。しかし「自分は辞めることにします」という主張は、かなり一方的な印象はないでしょうか。ここでA君が伝えているのは、自分の事情、自分の利益、自分の都合であって、相手への思いやりやお互いのためという視点がすっぽりと抜けていることに気づきませんか。

自信をもって「ノー」をはっきりと伝えることは、アサーティブの大事な一歩であることには変わりません。しかし、それだけでは必要条件であっても十分条件にはならないのです。もう一つの視点、つまり本当にお互いを大切に扱うという視点抜きの「ノー」は、わがまま以外のなにものでもないでしょう。

アサーティブな「ノー」は、"自分への尊厳"と同時に、"相手への敬意"の両方を持って初めて成り立つ。自分と相手の双方を本当に大切にしてこそ、対等な「ノー」になる、ということです。
 
それでは、どのような言葉を伝えることで、相手への思いやりを含んだ「ノー」になるのでしょうか。

例えば、こんな言葉です。
 ・自分はこの施設で本当にたくさんのことを学ばせてもらった
 ・これまでの業務経験があるからこそ、今の自分がある
 ・それについては感謝の気持ちでいっぱいである
 ・今の自分を土台に、次のステップに進もうと思うようになった
 ・自分を一から育ててくれた施設長や先輩職員には、心から感謝している
 ・それを考えるととても胸が痛くなる
 ・自分は福祉の人を育てるという別の道を選ぶことで、この分野に貢献したい
 ・これまで本当にお世話になりました。これからも引き続きよろしくおねがいします

以上のような言葉が十分条件であり、相手への敬意となると思うのです。

相手は尊厳を持った一人の人間であるとして、心の底から尊重し、相手の存在に敬意を表することを忘れないこと。自分のノーの強い意思と、相手への思いやりの両方のバランスを取ってこそ、私たちのノーが温かい血の通ったメッセージとなって相手に届くのではないでしょうか。