#27
つたわるノート

上司は敵じゃない。信頼の架け橋は自分からかける書き手:森田汐生(アサーティブジャパン 代表)

先日のアドバンス講座の時に、大変印象的なお話を聞きました。1年くらい私たちの主催講座に参加し続けている方です。印象的であったというのは、半年前の彼と今回の彼が、劇的というほど変化していたからでした。

半年前、彼がアサーティブに伝えたい相手として出した課題は、「上司」でした。全ての課題が、上司とのやりとりに限定されていました。

「上司は、敵、なんです」

最初に課題について出してもらった時に、彼は鼻息荒くそう言いました。上司には言い負かされたくない、こっちの意見を飲んでもらいたい、だからいつも上司の言葉をカキーンと打ち返してしまう。でも、いつもいつも反撃してしまう自分をコントロールして、上司との関係を何とか改善したい、だからアドバンス講座まで来たのだと。

アドバンス講座では、アサーティブのスキルの部分ではなく、マインドに重点を置いてお話しています。相手を「敵」として見ないこと。相手を本当の意味で大切に思う気持ちがない限り、どんなに冷静に話をしたとしても、"アサーティブに"伝えてみたとしても、それは攻撃的であることに変わりないということについて、講座の中でたくさん議論します。

それでも彼は心の中で、「上司は敵だ」という思いをぬぐうことができないまま、半年前の講座は終わったように思います。

その後、彼はもう一度基礎講座から受け直し、自分の課題に取り組み続けました。そして先月講座に来たときは、なんだかとても穏やかになっていて、人が変わったようでした。

「どうされたんですか、ずいぶん変わりましたよね」
と話しかけると、彼は
「そうなんですよ、例の上司との関係が激変しまして」

今年度に入った6月頃のこと、これまで腹を立ててばかりいた上司を見ていた時に、ふと、「この人も大変なんだよな」と思ったそうなのです。そうしたらその場で、自然に言葉が出てきました。「Aさんも、これまで大変だったんですね」。すると上司は、「そうだよ、わかってくれるか」と答えたというのです。

それ以降、その上司とはいがみ合うことが全くなくなりました。

上司も大変な思いをしていたんだ、この人もこの人なりに苦労したんだ、と彼自身が思えるようになったことで、上司に対する敵対心が消えてなくなったそうなのです。それ以降、二人はいがみ合うことなく、穏やかに仕事をするようになりました。

小さな問題であれば、伝え方のスキルを変えることで問題を解決することは可能です。職場でも家族とのやりとりの中でも、自分の言い方を変えることで相手への伝わり方が変わり、その結果問題が解決できることは、様々な場面で見られます。

しかしながら、長年にわたる複雑な人間関係、例えば、怒りや悲しみが澱のようにたまっている家族や職場の人間関係においては、言い方を変えるという小手先のやり方では全く歯が立ちません。どんなに言い方を変えても、言葉尻に気をつけても、その人との信頼関係を本当に築こうと思ってアプローチしない限り、こちらの思いを理解してもらうことは不可能なのです。

前述の彼の場合、上司が苦労していることを心から理解し、相手の立場に寄り添ったことが、信頼関係の架け橋を自分からかけることになったのでしょう。その結果、相手は心のガードをおろし、立場でのいがみ合いではなく、対等な人間同士として向き合うことができたのかもしれません。

信頼という土台があってこそ、対等な対話が可能になる。そして信頼の土台を築くための架け橋は、自分自身からかけるということ。

それを彼の話から実感したのでした。