⑤「勝ち負けではなく、会話と交渉を続け、あきらめずに伝えられるように」

⑤「勝ち負けではなく、会話と交渉を続け、あきらめずに伝えられるように」

地域で福祉業務や障がい者支援に従事するHさん(50代女性)は、自身も障がいを持つ当事者として権利擁護に関する講演も行っています。今でこそアサーティブな態度を取れているというHさんですが、講座でトレーニングを受けるまでは、自分の思いを抑え込んだり、その反動で「怒り」の感情で周りに接してしまうというコミュニケーションの悩みを抱えていました。長いトレーニングを経て、Hさんが変わり、そして得たものとは。

みんなの受講データ

  • 初回受講時期:2001年11月
  • これまで受講した講座
    基礎講座、応用講座、ステップアップ講座、アドバンス講座、トレーナー養成講座、アン・ディクソン特別講座

障がい者であることへの負い目と、その反動の怒り

2歳でポリオにかかり機能障がいを患いました。幼少期に2年ほど、親元を離れて肢体不自由児の施設に入りました。まだ、バリアフリー、障がい者権利の考えなどは普及していない頃です。

施設では、立派な障がい者になりなさい、と教えられました。たくさんの人のお世話にならないといけないから、これしたい、あれは嫌だという自己主張はしないで、何でも言うことを聞くようにしないとお世話してくれないよ、と。それに対して何の疑問も持たず、利口な大人にならなければと思って育ちました。


その後は、地元の高校、大学へ進学し、その都度やりたいこと実現はしてきたつもりです。今の事業団に入ったときは、障がい者雇用は私だけでした。結婚し、子育てと両立させながら働いてきましたが、どうしても自分には障がいがあるので、小さいころから自己否定的だったり、逆に障がいのない人より頑張らないといけない、負けたくないという、「勝ち負け」で物事を考えていましたね。


40歳の頃、同年代で、同じく障がいを持つ当事者として活動してる人と出会い、そこで、生まれて初めて頑張らなくていい、ありのままでいいと言われ、気が楽になったんです。

しかし、これまで信じていた「自己主張しちゃいけない」というフタが外れたら、「怒り」の感情がどんどんと湧いてきたんです。周りに攻撃的なコミュニケーションをとるようになりました。友人に対しても「あなた(健常者)と私は違うよね」と壁をつくってしまい、だんだんと周りから人がいなくなりました。そこで、これではいけない、孤独になってしまう、とようやく気づきました。

自分に向き合うことで自己否定を乗り越える

そうしたコミュニケーションの悩みについて、ネットでいろいろと調べるうちに森田汐生さんのことを知りました。これだ!と思い、AJについて調べるにつれ、自己を肯定しつつ、相手も尊重するコミュニケーションというところに大きく共感し、どうすれば上手に自己主張できるんだろうと興味を持ちました。そんな折、偶然にも地元でAJの講座が開催されることを知り、それですぐに参加を申し込んだんです。


受けていたのは、同じ職場の方や福祉関係の人が多かったのを覚えています。衝撃を受けたのはトレーナーのお話。中でも、人と向き合う時には、まず自分と向き合うことが大事なんだ、ということが印象的でした。

また、アサーティブの4つの柱(誠実、率直、対等、自己責任)の話も大変印象に残っています。普遍的な考えですが、あの講座の場にいないと気づかなかったことです。講座に出て初めて意識するようになりました。自分にも相手にも誠実、率直であることの大切さ。言うか、言わないかは自分の責任、その結果については自分で引き受ける、という「自己責任」の話にもハッとしました。この言葉によって、逆に思い切っていこうと思い、変われた気がします。


ロールプレイでは、小グループでのセッションで、自分でフタをしていた感情についての気づきや、その感情を出してもいいんだという安心感がありました。ロールプレイでのフィードバックの方法が、否定・批判ではなく、非常に前向きなものが多かったのが良かったのだと思います。マイナスイメージがなかった。だから自分のクセについてのフィードバックを素直に受け入れられたし、みんなで共有できたのが大きかった。

私は自己否定がすごく強かったので、そうじゃなくていいんだと思えました。前向きなメッセージをもらい、それによって「自分を大切にしてもいいんだ」と思えたんです。自分自身に向き合うことで、それまで混乱していた感情を整理できたんだと思います。

言う・言わないの責任を自分でもつ。
だからこそ思い切って気持ちを伝えられる

講座で学んだ全てのことを、もっと深めていきたいと思いました。講座は濃密でしたが、やはり2日間だけだと、自分のコミュニケーションを根本的に変えられず、日常に戻った後は以前と同じようなことをしてしまっていました。アサーティブの4つの柱にしても、12の権利の話にしても、頭での理解はできていても、即実践とはなかなかいきませんでした。


基礎講座を受けてすぐ応用講座も受けたいと思っていましたが、仕事や育児で忙しく、なかなか機会がありませんでした。しかし、地元のある団体が助成金でAJを招聘して応用講座を開催すると知り、すぐに申込みました。応用講座を受けるまでは、基礎講座でもらったテキストを何回も読み返しましたね。


応用講座では、アサーティブの4つの柱の一つひとつの意味に、もっと深く入り込めた気がします。講座の中で行ったワークで、5年後の自分に手紙を書いたことが印象に残っています。「私はアサーティブのトレーナーになりたい」と書いたんです。(そして実際にその3年後、トレーナー養成講座を受けました。)


応用講座の後も、機会があればもっとアサーティブについて理解を深めたいと思い、一年後にステップアップ講座とアドバンス講座を、今度は東京で受講しました。

受講のため、東京へ3回も行ったのですが、その事自体が私にとっては冒険、大きなことでした。壁を超えた感じがありました。


それまでの一年間、いろいろありました。家庭のことや、仕事面でも職場で虐待事件が起きてしまったり。話を聞くと、虐待した加害者の立場であった職員も閉鎖的な状況の中で孤立してしまっていた。みんなの権利を考えたときに、風通しのよい職場が大事だなと強く思いました。

私も様々な活動をするなかで、いろいろな壁にぶつかっていました。そんな時に怒りでなく、「対話」で解決する力を身につけたい、といつも思っていました。例えば飲食店などで、二階の店に行こうとしても、障がい者お断りと言われ、上げてもらえないときなども、怒りではなく、対話をして折り合いをつけていくことが大事だな、と思い始めたところでした。


ステップアップとアドバンス講座では、自己責任についての学びが大きかったです。その頃、職場で会議が終わったときなど、言えばよかった、言わなきゃよかった、という後悔が多々ありました。しかし、どちらの場合も結局は自分に責任があるんだと気づいたときに、自己肯定感が高まった気がします。責任は自分で引き受けていくんだという気づきです。それが、思い切って自分の思いを伝えてみようという、その後の自分の活動の後押しになりました。


当事者として、アサーティブを広めていきたい

トレーナー講座の受講は、森田さんに勧められたんです。自分たちで地元にアサーティブを広げていきたいという思いはありましたが、子育てもあり、講座開催地である東京へ毎月通うのは難しいと思い受講を躊躇していました。けれど、「当事者という立場で、障がいのある人にもアサーティブを広げたいという思いがあるなら、チャレンジしませんか」という森田さんの一言が決め手になりました。


講座には、当事者一人で参加するよりも、いろいろ共有できた方がいいということで、別の地域の方と二人で車椅子で養成講座に通いました。講座を受けながら、抱えていた葛藤を自分で引き受けることができた気がします。生きていると、仕事をしていると、いろんな立場があります。障がい者としての当事者、支援者、女性、親、子供。当事者としては嫌なことでも、支援者の立場になると守らないといけないことなど、それぞれの立場の違いで葛藤がありました。


それまでは、辛さのあまり葛藤から逃げる事ばかりを考えていました。自分に自信がなかったんです。自己信頼が足りなかった。嫌なことは早く解決しちゃえ、と思っていました。
しかし講座を通して、いたずらに解決しようとせず、まずは葛藤の中に自分の身を置いていくことが大切、ということを学び、すごく潔いというか、気が楽になったんです。きちんと自分と向き合うということができました。


遠方での受講は確かにハードルが高かったですが、日常から物理的に離れるので集中できますし、客観的にもなれました。そういう意味では地方から参加してよかったと思いました。

自分自身に誠実であり続ける。そのためのトレーニング

アサーティブの講座を通して私自身が一番変わったことは、「恐れない」ということを学び、また身についたことです。これは自己信頼をきちんと持てないとなかなか難しいと思います。

そのきっかけのひとつが、ある市会議員の方の話です。トレーナー養成講座に先輩トレーナーとしてゲストで来てくれた際、きちんと社会に対して政策提言していく、という話を伺いました。私は様々な当事者活動を行っていましたが、そこを一歩越え、社会を変えていくということにチャレンジしていこうと思えたんです。その後、地元の様々な委員会に応募・参加し、自己責任のもと発言をしていけるようになったことは、大きな変化だと思っています。


視点そのものも変わりました。かつての自分のように対立や勝ち負けではなく、会話、交渉を続け、あきらめずに伝える、というアサーティブな伝え方ができるようになりました。相変わらず怒りの感情を持つことはあるのですが、怒りの感情への対応の仕方は以前とは全然違います。ひと呼吸置いて、なるべく対話するようになりました。相手の立場も考えながら、一方でこちらもあきらめることなく、という態度を持てるようになりました。


コミュニケーションの態度が変わった結果、自分も変わり、それが化学反応を引き起こすかのように、他分野の人との連携や、講演の依頼が来たり、そういったことがすごく多くなってきました。自分も含めて障がい者、高齢者、社会的な制限・制約のある方の環境を少しでも変えていきたい、と思っているからなんでしょうね。人権の尊重を地道にやっていきたいな、という思いが原動力になっています。


私が働いているような福祉関連の職場は離職率が高いんです。職員と利用者が良い関係をつくれるように、今後はアサーティブの学びを活かして人材育成をしていきたいと思っているところです。

そのときは、「自己肯定感」のことを一番に伝えたいですね。12の権利についても。「嫌な時は嫌って言っていいし、断ってもいいんだよ。困ったときは頼んでもいいんだよ。それを実践していくにはトレーニングは必要なんだよ」って伝えていきたい。自分だってまだまだ毎日がトレーニングですから。


私たちが、サポートします